くしなどの素材の鼈甲(べっこう)のことを tortoiseshell といい、鼈甲の原料であるウミガメ、タイマイのことを tortoiseshell turtle というらしい。タイマイのような代表的なウミガメは、英国と豪州では turtle、米国では sea turtle と呼ばれる種類だと思うが、なぜその加工品を tortoiseshell と呼ぶのだろう。そもそも鼈甲は日本独自のものなのだろうか。だとしたら、江戸時代に日本人が turtle と tortoise を区別せずに tortoise shell と訳して海外に輸出したということは考えられる。
鼈甲の「鼈」は実はスッポンのことらしい。タイマイは高級品だったので、ぜいたくが禁じられていた時代にスッポンの甲羅と言い逃れるためにこの字を使ったとのことだ(「長崎文化百選」べっ甲より)。であれば、淡水のカメであるスッポンの甲羅ということで tortoise shell と訳したのか。
で、スッポンはなんというかというと、これは辞書によっていろいろある。
スッポンといえば思い浮かぶのは「月とすっぽん」という慣用句だ。これも調べてみた。
食用のカメといえば、香港の亀ゼリーは英語でなんと呼ばせていただろうか。香港の、それも亀ゼリーを喰わせる店が多い地域に住んでいたことがあるが、まったく覚えていない。ネットで調べてみたら、(Chinese) Herbal Turtle Jelly という当たり前でつまらない英語名だった。
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カメについて
カメについて(2)
鼈甲の「鼈」は実はスッポンのことらしい。タイマイは高級品だったので、ぜいたくが禁じられていた時代にスッポンの甲羅と言い逃れるためにこの字を使ったとのことだ(「長崎文化百選」べっ甲より)。であれば、淡水のカメであるスッポンの甲羅ということで tortoise shell と訳したのか。
で、スッポンはなんというかというと、これは辞書によっていろいろある。
というわけで、少なくとも辞書によれば、スッポンを tortoise と呼ぶことはないようだ。まる鍋をこれから食べようという外国のひとにスッポンのことを説明するには、soft-shelled turtle が、soft-shell crab みたいで、よさそうな気がする。snapping turtle や alligator terrapin は怖そうだし、mud-turtle は汚そうだ。a soft-shelled turtle (研究社和英中辞典)
snapping [mud, soft-shelled] turtle; a [an alligator] terrapin (研究社和英大辞典)
The terrapin; the mud-turtle; the snapping-turtle; the snapper(NEW斎藤和英大辞典)
スッポンといえば思い浮かぶのは「月とすっぽん」という慣用句だ。これも調べてみた。
- different as chalk from cheese
- dollars to doughnuts (米)
食用のカメといえば、香港の亀ゼリーは英語でなんと呼ばせていただろうか。香港の、それも亀ゼリーを喰わせる店が多い地域に住んでいたことがあるが、まったく覚えていない。ネットで調べてみたら、(Chinese) Herbal Turtle Jelly という当たり前でつまらない英語名だった。
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カメについて
カメについて(2)
前の記事で、手がヒレ状のカメが turtle で、ガメラのような手に指や爪があるカメが tortoise ではないかといういいかげんな考えを書いてみたが、米国のマンガの Mutant Turtle には指があるようなのでやはりおかしい。
で、Wikipedea の tortoise の項 を見てみたら、英国英語、米国英語、豪州英語でのカメの呼び分けが書かれていた。それによれば、
まあ、同じ「鮎」という漢字が中国では「ナマズ」日本では「アユ」を指すのと同じようなもので、棲んでいる動物やよく見かける動物は国によって違うのだから、同じ語が違う動物を指すようになるのは当たり前なのだろう。
ところで、辞書を読んでいたら、舟とか自動車がひっくり返って上下逆さまになることを turn turtle ということを知った。深刻な事態を表す語なのに、カメがひっくり返っている姿を想像してしまう、おかしみのある表現だと思う。もっとも、slow as a snail とか cool as a cucumber のように、語呂のよさのためというか、韻を踏ませるために turtle という語が選ばれただけで、実物のカメとの関連はあまりないのかもしれない。
「甲羅」つながり、そして「ひっくり返り」つながりでいえば、なにかの折りに crab という単語を調べていて catch a crab という慣用句を見つけたことがある。ランダムハウス英語辞典によれば、つぎのような意味だ。
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「カメ」について
で、Wikipedea の tortoise の項 を見てみたら、英国英語、米国英語、豪州英語でのカメの呼び分けが書かれていた。それによれば、
- 英国英語では、海に棲むカメが turtle、淡水または半塩水に棲むカメは terrapin、陸にいれば tortoise。
- 米国英語では、淡水のカメや一部のリクガメを turtle と呼ぶ傾向があり、海洋に棲むカメは sea turtle と呼ぶ。tortoise という語は厳密にリクガメ科のカメにだけ使う。terrapin という名前はダイヤモンドテラピン(北米原産の淡水ガメ)にのみ使う。
- 豪州英語では、海水および淡水のカメの両方を turtle と呼ぶが、陸生のカメは tortoise と呼ぶ。
まあ、同じ「鮎」という漢字が中国では「ナマズ」日本では「アユ」を指すのと同じようなもので、棲んでいる動物やよく見かける動物は国によって違うのだから、同じ語が違う動物を指すようになるのは当たり前なのだろう。
ところで、辞書を読んでいたら、舟とか自動車がひっくり返って上下逆さまになることを turn turtle ということを知った。深刻な事態を表す語なのに、カメがひっくり返っている姿を想像してしまう、おかしみのある表現だと思う。もっとも、slow as a snail とか cool as a cucumber のように、語呂のよさのためというか、韻を踏ませるために turtle という語が選ばれただけで、実物のカメとの関連はあまりないのかもしれない。
「甲羅」つながり、そして「ひっくり返り」つながりでいえば、なにかの折りに crab という単語を調べていて catch a crab という慣用句を見つけたことがある。ランダムハウス英語辞典によれば、つぎのような意味だ。
catch a crab
〈ボートのこぎ手が〉(オールを水に深く入れすぎて)こぎそこなう,(こぎそこねて)ひっくり返る
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「カメ」について
カメはわたしの好きな動物の1つだ。ほかに好きな動物は、ゾウ、オランウータン、フクロウ、カマキリなど。みな、普段は動作が緩慢に見える動物というところが特徴か。ネコやウサギのような俊敏な動物はあまり好きではない。
NHK の朝の連続ドラマ「ウェルかめ」では主役の女性がカメを嫌いということになっている。カメを嫌いなひとってあまり聞いたことがないけれど、あれも爬虫類だからそういうひともまあいるのだろうなあ。でも、やはり同じ爬虫類のヘビやトカゲとくられべばあまり嫌われていないような気がする。日本や中国ではカメは特別な生物で、長生きするともいわれているし、甲羅を使って占いをしていた時代もあるし、なんといっても、「玄武」を象徴する動物でもある。
カメといえば、中学か高校のときに turtle がウミガメ、tortoise がリクガメだと覚えた。しかし、そう単純な話ではないようだ。ある辞書によれば、turtle というのはカメ全般を指すらしい。したがって、リクガメを turtle と呼んでも完全な間違いといえないのだろう。英国では turtle でウミガメを意味するらしいが、米国では sea turtle というらしい。つまり、turtle がウミガメのことではなくカメ全般を指すというのは、とくに米国で意識されている概念なのかもしれない。
tortoise はリクガメおよび淡水のカメを指すと書かれている辞書がある。なるほど、わたしもそのあたりの池でよく見るカメは tortoise なんだろうなとなんとなく思っていた。しかし、lake turtle とか river turtle とかいう語もある。ということは、カメ全般を turtle と呼ぶという話は措いておくとして、淡水のカメならなんでも tortoise と呼べばすむということではないようだ。もっとも、lake tortoise とか river tortoise という言いかたもないわけではないようだが。
これは辞書を見たかぎりでは見つからない説明なのだが、個人的には、手がヒレのようになっているカメが turtle、そうではなくて手に指や爪があるカメが tortoise と呼ばれているのではないのかなあと思っている。
NHK の朝の連続ドラマ「ウェルかめ」では主役の女性がカメを嫌いということになっている。カメを嫌いなひとってあまり聞いたことがないけれど、あれも爬虫類だからそういうひともまあいるのだろうなあ。でも、やはり同じ爬虫類のヘビやトカゲとくられべばあまり嫌われていないような気がする。日本や中国ではカメは特別な生物で、長生きするともいわれているし、甲羅を使って占いをしていた時代もあるし、なんといっても、「玄武」を象徴する動物でもある。
カメといえば、中学か高校のときに turtle がウミガメ、tortoise がリクガメだと覚えた。しかし、そう単純な話ではないようだ。ある辞書によれば、turtle というのはカメ全般を指すらしい。したがって、リクガメを turtle と呼んでも完全な間違いといえないのだろう。英国では turtle でウミガメを意味するらしいが、米国では sea turtle というらしい。つまり、turtle がウミガメのことではなくカメ全般を指すというのは、とくに米国で意識されている概念なのかもしれない。
tortoise はリクガメおよび淡水のカメを指すと書かれている辞書がある。なるほど、わたしもそのあたりの池でよく見るカメは tortoise なんだろうなとなんとなく思っていた。しかし、lake turtle とか river turtle とかいう語もある。ということは、カメ全般を turtle と呼ぶという話は措いておくとして、淡水のカメならなんでも tortoise と呼べばすむということではないようだ。もっとも、lake tortoise とか river tortoise という言いかたもないわけではないようだが。
これは辞書を見たかぎりでは見つからない説明なのだが、個人的には、手がヒレのようになっているカメが turtle、そうではなくて手に指や爪があるカメが tortoise と呼ばれているのではないのかなあと思っている。
きょうは二十四節気の「霜降(そうこう)」。この日のことを知らなかったので、カレンダーでこの文字を見たときに「しもふり」と読むのかと思ってしまった。明鏡国語辞典によれば、このころから霜が降り始めるという。もちろん、(別の意味ではあるが)同じ字で「しもふり」とも読む場合もある。
明鏡国語辞典の説明では霜が「降(ふ)り始める」となっているが、霜とか霧などは「降(お)りる」ともいう。同じ漢字で送り仮名が違うだけだからややこしい。広辞苑の「霜降(しもふり)」の項では「霜の降りたように、白い斑点が散らばっている文様」と「降りる」のほうを使っているのがおもしろい。
雨や雪が降るのはわかるけれど、空中を落ちてくるわけでもない霜のことを「降る」とか「降りる」とかというのは、よく考えるとちょっとふしぎだ。「霜が生える」という表現であったとしてもおかしくないような気がする。科学的に考えれば、空中の水蒸気が地面で氷の結晶になって目に見えるようになるのだから、降る、降りる、というのはそれほど変ではないかもしれないが、むかしのひとがそんなことを知っていたわけではないだろう。
霜だけではなく、霧(きり)や霞(かすみ)、靄(もや)なども「降る」「降りる」ということを考えると、むかしのひとたちは、霧、霞、靄、霜などのことを、天から降ってきた、あるいは降りてきたものと考えていたのではないだろうか。もしかしたら天の雲が落ちてきたと思ったのかもしれない。
追記:
そういえば、「霧が立つ」「霞が立つ」「霜が立つ」などともいう。霧や霞などが「立つ」のは、地面や水面からたちのぼるように見えるからなのだろう。霜が「立つ」のはなぜだろう。地面から突き上げるように立つからだろうか。
明鏡国語辞典の説明では霜が「降(ふ)り始める」となっているが、霜とか霧などは「降(お)りる」ともいう。同じ漢字で送り仮名が違うだけだからややこしい。広辞苑の「霜降(しもふり)」の項では「霜の降りたように、白い斑点が散らばっている文様」と「降りる」のほうを使っているのがおもしろい。
雨や雪が降るのはわかるけれど、空中を落ちてくるわけでもない霜のことを「降る」とか「降りる」とかというのは、よく考えるとちょっとふしぎだ。「霜が生える」という表現であったとしてもおかしくないような気がする。科学的に考えれば、空中の水蒸気が地面で氷の結晶になって目に見えるようになるのだから、降る、降りる、というのはそれほど変ではないかもしれないが、むかしのひとがそんなことを知っていたわけではないだろう。
霜だけではなく、霧(きり)や霞(かすみ)、靄(もや)なども「降る」「降りる」ということを考えると、むかしのひとたちは、霧、霞、靄、霜などのことを、天から降ってきた、あるいは降りてきたものと考えていたのではないだろうか。もしかしたら天の雲が落ちてきたと思ったのかもしれない。
追記:
そういえば、「霧が立つ」「霞が立つ」「霜が立つ」などともいう。霧や霞などが「立つ」のは、地面や水面からたちのぼるように見えるからなのだろう。霜が「立つ」のはなぜだろう。地面から突き上げるように立つからだろうか。
新しく始まった NHK の連続テレビ小説 「ウェルかめ」はなかなかよい。主演の倉科カナさんには、『エリンが挑戦! にほんごできます』に出ていたときから注目している。とてもかわいらしいし、演技もまずまずうまいと思う。なんといっても、家族を演じている役者さんたちが本当の家族のように見えるし、徳島ってこんなにきれいで魅力的なところなのか、金と暇があったらぜひ一度ゆっくりと行ってみたいものだ、と思わせてくれる。
前作「つばさ」主演の多部さんもとてもかわいらしかったし一生懸命に演技しているのは好感が持てたが、ドラマ自体があまりにつまらなくて途中で見るのをやめた。NHK の朝のドラマを毎回楽しみに見続けていた実家の両親もさすがに「つばさ」だけは途中で断念したらしい。最初のほうしか見ていないけれど、「つばさ」で家族を演じていたひとたちは本当の家族のようには見えなかった。中村梅雀さんも高畑淳子さんも、まるで他人同士で同居しているように見えた。また、川越ってこんな魅力的な街だったのか、ぜひ一度行ってみたいものだ、と思わせてくれるものがまるでなかった。
ただ、「ウェルかめ」の主人公は「世界につながる編集者」を目指している、という設定になっているが、「その世界につながる編集者」というのがどういうものなのかよくわからない。「世界につながる」というのは具体的にはどういうことか。現代のほとんどの日本人は、中国産の衣類を着て中国産の野菜を食べているわけだから、ふつうに生活しているだけで世界につながっていると思うが。そういう意味とはまた違うのだろうか。
だいたい編集者というのは日本語の専門家で部屋の中でのこまごまとした作業が仕事の中心だろうと思っていたが、どのようにすればそれが世界につながるのか、よくわからない。また、主人公が夢を実現するために本を読むとかファッションを勉強するとか語学を勉強するとかいったようすは描写されていない。視聴者は編集の仕事のおもしろさやたいへんさを知りたいだろうと思うので、そのあたりをもう少しとりあげてほしいと思う。
前作「つばさ」主演の多部さんもとてもかわいらしかったし一生懸命に演技しているのは好感が持てたが、ドラマ自体があまりにつまらなくて途中で見るのをやめた。NHK の朝のドラマを毎回楽しみに見続けていた実家の両親もさすがに「つばさ」だけは途中で断念したらしい。最初のほうしか見ていないけれど、「つばさ」で家族を演じていたひとたちは本当の家族のようには見えなかった。中村梅雀さんも高畑淳子さんも、まるで他人同士で同居しているように見えた。また、川越ってこんな魅力的な街だったのか、ぜひ一度行ってみたいものだ、と思わせてくれるものがまるでなかった。
ただ、「ウェルかめ」の主人公は「世界につながる編集者」を目指している、という設定になっているが、「その世界につながる編集者」というのがどういうものなのかよくわからない。「世界につながる」というのは具体的にはどういうことか。現代のほとんどの日本人は、中国産の衣類を着て中国産の野菜を食べているわけだから、ふつうに生活しているだけで世界につながっていると思うが。そういう意味とはまた違うのだろうか。
だいたい編集者というのは日本語の専門家で部屋の中でのこまごまとした作業が仕事の中心だろうと思っていたが、どのようにすればそれが世界につながるのか、よくわからない。また、主人公が夢を実現するために本を読むとかファッションを勉強するとか語学を勉強するとかいったようすは描写されていない。視聴者は編集の仕事のおもしろさやたいへんさを知りたいだろうと思うので、そのあたりをもう少しとりあげてほしいと思う。