bottom line というのは決算表の最終行のことで、日本語の「帳尻」とちょっと似たことばだ。「帳尻」は帳簿の最後のことだが、それから派生してつじつまとか話の結末という意味もある。同様に英語の bottom line にも核心とか要諦とかいった意味がある。これは英語学習者にはよく知られたことだろう。
おもしろいと思ったのは、この表現を人(me)を目的語とする動詞として使っていたことだ。このドラマでわたしが聞いた bottom-line me! というのは、たぶん、Give me the bottom line! というのをさらに縮めた表現で「俺にわかるように要約してくれ」「つまりどういうことなんだ?」という意味だと思う。
動詞としての bottom-line はオンラインの英辞郎には収録されていないが、ランダムハウス英語辞典や研究社リーダーズ英和辞典には載っている。
bottom-line
■v.i.,v.t.収支[コスト,要点,結論]をはっきり示す.
(ランダムハウス英語辞典)
しかし、これらは「(ものごとを)はっきり示す」とか「(ものごと)に結論を出す」ということだろうから、「わたしに結論を言ってくれ」という英文は Bottom-line (it) for me! になりそうだ。bottom-line
vt. 《口》 …に結論を出す, 決着をつける.
(研究社リーダーズ英和辞典)
Give me the bottom line! という意味の Bottom-line me! を説明すると「(人)に結論をいう」ということだ。かなり新しい口語なのだろう。ちょっとおもしろいと思ったのでご紹介した。
ちょっと古いニュースだが、福田首相が「まあ、頑張ってください。せいぜい頑張ってください」と五輪選手を激励したのに対して石原都知事が「『せいぜい』とはどういうことかね」と批判したという。
広辞苑第六版によれば、「せいぜい」の意味は次のとおり。
(1)の意味で言ったのだとしたら、福田さんはとくに妙なことを言ったとはいえない。しかし、石原さんは「せいぜい」を(2)のような否定的な含意のある表現として受け取ったようだ。辞書での定義はともかく、「せいぜい頑張ってください」といわれたら、わたしもあまりよい気はしない。つまり、石原さんと同じ語感を持っている。せい‐ぜい【精精】
[二]〔副〕
(1)力の及ぶ限り。精一杯。「―努力します」
(2)十分に多く見積もっても。たかだか。「―三日もあれば出来る」
ところが、和英辞書を見てみるとおもしろいことがわかった。石原都知事の生まれる前、昭和 3 年に発行された辞書の復刻版「New 斎藤和英大辞典」には「せいぜい」の訳語は次のように書かれている。
これは、「できるだけ」「力のかぎり」という肯定的な意味だろう。この辞書の編者である斎藤先生は「せいぜい」をそういう意味だと思っていたようだ。せいぜい〔精々〕
〈副〉1. (=精いっぱい、なるべく)as much as possible; with all one's might; with might and main; to the best of one's ability; to the utmost of one's power
ところが、比較的新しい辞書、「ビジネス技術実用英語大辞典第4版」では次のようになっている。
これらの表現は、「よくても」「どんなにうまくやったとしても」という、否定的な意味だ。せいぜい【精々】
◆at best;〔文語〕at the best; 〔強調〕at the very best 最善[最高, ベスト, 〔意訳〕限度]で(も); せいぜい; たかだか, 精一杯[泣き泣き]やったところで, 関の山で, どう頑張ったところで; 良くても; 一番良く[多く]見ても; どうひいき目にみても
つまり、昭和 3 年に辞書を編纂した斎藤先生は「せいぜい」を「力のかぎり」という肯定的な意味だと解釈しており、平成 15 年に辞書を編纂した海野さんは「どんなにうまくやったとしても」という否定的な意味と解釈しているように思われる。これは、時代を経るにつれてこの言葉が肯定的な意味合いから否定的な意味合いに変わってきたということではないだろうか。
いずれにせよ、福田さんは、お国のために実力を超える力を出せ、とはいいたくなかったから、実力を十全に発揮せよ、という意味で「せいぜい頑張ってください」いったのだとわたしは思う。石原さんの批判はちょっと的外れだったかもしれない。
衣類につける糊は、英語でいうと starch だ。コーンスターチの「スターチ」、つまり、デンプンのこと。こういう単語にありがちなことだが、「糊をつける」という動詞もそのまま starch である。
舌切り雀は糊をなめて舌を切られたわけだし祖母がよくお米を煮詰めて糊を作っていたこともあり、衣類に糊をつけるというのは日本古来からあるのだろうという印象がある。西洋ではどうかというと、wikipedia の starch の項に次のように書かれている。
西洋でもかなり古くから行われていたようだ。ひょっとすると、江戸時代ぐらいに西洋から日本に入ってきた習慣だったりするかもしれない。Starch was widely used in Europe in the 16th and 17th centuries to stiffen the wide collars and ruffs of fine linen which surrounded the necks of the well-to-do.
Starch - Wikipedia, the free encyclopedia
衣類に糊をつけると堅くなってパリッとするし糊がとれるとやわらかくなる。そこからの連想だと思うが、英語では、starch に「堅苦しさ」とか「元気」とかいう意味があるようだ。
He is so full of starch he can't relax. 彼はこちこちになっていてくつろげない.
drain [or take] the starch out of a person 人の元気をなくさせる,無気力にする.
(ランダムハウス英語辞典)
ここ何年か、龍の絵のついた黄色の財布を使っている。それに気付いた友人たちは「意外なものを持っているね」と一様にいう。
黄色の財布というのは風水でお金の貯まる縁起のよい財布ということになっている。わたしは宗教も超能力も幽霊も UFO も血液型性格占いも信じない変わり者だと友人たちに思われているから、友人たちはわたしがこういう風水財布をもっていることを意外だと感じるようだ。
別に風水を信じているからこの財布を買ったというわけではない。数年前、それまで使っていた財布がダメになったときにたまたま見つけたこの財布が安かったので買った。財布の中に入れるものには大いに興味があるけれど財布自体はただの入れものだから本革だろうが合成皮革だろうが黄色だろうが黒色だろうがあまり気にしない。そういう意味で、この風水財布を使っているのは逆に自分らしいと思っている。
「三陸」とは陸奥(青森)、陸中(岩手)、陸前(宮城)のことで、リアス式海岸として有名な三陸海岸のある地域だ。しかし、陸奥、陸中、陸前の三国は、明治初期にそれまでの陸奥国が分割されてできた国名である。水戸黄門は江戸時代初期のお話だから、まだ「三陸」という呼び名はなかったはずだ(と思う)。