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土鍋ごはん

むかしは電気炊飯器でごはんを炊いていたが、あるときから土鍋でごはんを炊くようになった。もう何年もそうしている。電気炊飯器は捨ててしまった。

土鍋で上手に炊けたごはんは本当においしい。おかずにあまりお金をかけないが、ごはんにはお金と手間を惜しまないことにしている。お米は魚沼産コシヒカリの玄米を手に入れ、家庭用精米機で少しずつ精米している。おかずがおいしくてもごはんがまずいと食事全体がまずくなる。逆におかずを失敗してもごはんさえおいしければ梅干しだけでも満足のいく食事になる。

うちで土鍋を使ってごはんを炊くときは、まず強火で 4 分くらい加熱する。沸騰してきたらごく弱火にして 10 分。あとは火を止めて 15 分ほど蒸らすだけ。とても簡単だ。

たまに失敗して焦がしたり芯ができたりすることもあるが、毎日のことだし火を使って料理を作っているのだからそのほうが当たり前である。考えてみれば、ほとんど失敗のない電気炊飯器のほうが異常だろう。炊飯器を使っていたときはあまり思わなかったのだが、炊飯も料理の 1 つなのだなと改めて思っている。

電気炊飯器を使うとスイッチを入れるだけでいつも同じようなごはんが炊ける。しかし、日本人にとってごはんを炊くというのは毎日の基本的な作業だ。それをブラックボックスにして生活するのはあまりよくないことだったのではないかという気がしている。

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漢字と日本人
ISBN:4166601989 高島俊男 文藝春秋 2001/10 ¥756

高島俊男さんの「漢字と日本人」によれば、日本語の漢字に対応する英語の要素は「英単語」だそうだ。どちらも意味を構成する最小単位なのだから当然といえば当然か。しかし、漢字を文字だと考えていると英語のアルファベットに対応する要素だとつい思ってしまうのではないだろうか。わたしの場合はそうだったので、この本で蒙を啓かれた気がした。

Hello! アンニョン!<言葉のあれこれ ショートエッセイ> というブログの Tamigo さんは、「理ーズナブル」?~英単語のイメージと漢字 という記事で、reason が「理」、order が「序」にそれぞれ対応すると書いていらっしゃる。なるほど。

前の記事で performer という単語が「芸人」と訳された仕事のことについて書いたが、「」という漢字は英語の art に対応するのではないかと思った。「芸人」は artiste(artist)であり performing arts にたずさわる人たちだ。芸術は fine arts、武芸は martial arts、工芸は industrial arts。ちょっとこじつけがすぎるだろうか。もしかすると「術」という漢字のほうが art に近いかもしれない。

もちろん完全に一対一対応するということはあり得ないので注意が必要だが、英単語と漢字は意外によく対応するものがあるような気がする。この漢字は英単語でいえば何だろう、この英単語は漢字で表現すれば何だろうと考えるのは楽しいし、日本語と英語の両方の語彙増強に役立ちそうだ。
「懸想(けそう)」とは古風な言いかたで異性を恋い慕うこと。むかしなつかしい東野英治郎さんの水戸黄門の再放送をたまたま見ていてこの言いかたを知った。

「懸想」を知っているかどうかを妻にたずねたところ、何かの本でこの熟語に出会っていて知っているという。妻は読書家だ。読書家なら知っていて当然の単語なのかもしれない。わたしはあまり本を読まないからだろうか、この単語を知らなかった。

それで思い出すのは、「懸想」と同じ意味の「恋慕」という熟語の入った「横恋慕」という熟語が高校の国語の授業で出てきたときのことだ。「横恋慕」は配偶者や恋人のある人に横合いから恋をするという意味である。

これを、先生は当たり前のように「よこれんぼ」と読んだ。「えっ」と思って辞書を引いてみると確かに「横恋慕」の読みかたは「よこれんぼ」だった。わたしはそのときまで「おうれんぼ」と読むと思っていたのだ。

理屈を言えば「恋慕」は音読みなのだから「横」も音読みで読むほうが自然とはいえる。1 つの熟語の中で最初を訓読みにして後を音読みにするのを「湯桶(ゆとう)読み」というが、例外的で自然ではない。

まあ、ことばのことに対して理屈を言ってもしかたがない。その授業で「横恋慕」の正しい読みかたを知ることができた。





squirrel は「リス」という意味の英単語だが、この単語には「変な人」という意味もあることを以前の記事のコメントで Mickey さんが教えてくださった。

辞書で調べてみると、たしかに squirrel の項に「変人」という意味が書いてある。この単語には「ため込む」という意味の動詞もあるが、変人はふつうの人が興味を持たないようなものを収集することが多いところから squirrel に「変人」という意味ができたのかもしれない。

ところで、nut という単語にも「変人」「きちがい」という意味がある。そして、その nuts を集めることから squirrel が精神科医の俗語として使われることもあるという。

日本で精神科医といえば、なだいなださんのような内科医に近い臨床医を想像するが、米国で精神科医というと患者を長いすに横たわらせて治療をするような精神分析医のことなのではないだろうか。「グッドウイルハンティング」や「アナライズミー」などの米国映画を見ていると米国は精神分析医がさかんなのだなあと思う。

精神科医に当たる正式な英単語は psychiatrist だろうか。しかし、精神科医や精神分析医を意味する俗語は、squirrel 以外にもたくさんあるようだ。ちょっと辞書を引いてみただけでも、witch doctor、loony doctor、alienist、bug、couch doctor、dome doctor、guru、head doctor、headpeeper、headshrinker、shrink などが見つかる。

このうち、head doctor と headpeeper はわかりやすい。couch doctor はまさに長いすに横たわらせて治療する印象からできた俗語だろう。dome doctor の dome は、頭のお鉢のことだと思う。shrink は映画「アナライズミー」でロバート・デ・ニーロが使っている俗語で、患者の誇大妄想を縮めるという意味があるらしい。

精神分析医は素人から見ると何をやろうとしているのかよくわからないひとたちだ。医学とは関係のない治療技術なのではないかという気もする。そういう一般的な理解の範囲を超えた職業だからいろいろな俗語ができるのだろうと思う。
ブログで話題になったことばを集計してランキング付けしている kizasi.jp で、「世界フィギア」というキーワードが 1 位になっていた(この記事を書いている時点では 5 位)。

むむ。「フィギア」か。
一般に、新聞や雑誌は「フィギュアスケート」という表記を使っている。

「世界フィギア」という表記を使っているブログを少し見てみると、「フィギュア」とタイプするのが面倒で「フィギア」と打っているというわけでもなく、本当に「フィギア」だと信じて使っているようだ。おそらく会話でも「フィギア」と発音しているのだろう。

ネットで検索してみると、ブログだけではなく livedoor のニュースに「安藤美姫が予選3位、SPは27番目/世界フィギア」という記事があった。

まあ、どちらが正しいというつもりはない。

フィギュアスケートは英語で figure skating だ。その字面を見ていると「フィギュア」といいたくなる。とはいえ「フィギュア」はたしかに発音しづらい。

民放のアナウンサは「シンジク(新宿)」「シジツ(手術)」という発音も許容範囲内だそうだ。それにならえば「フィギア」という発音や表記も許容範囲なのだろう。

たんご屋は、speed skating が速度を競うのに対して、姿形の美しさを競うのが figure skating だと思っていた。ところが、そうではないらしい。スケートで氷上に描く図形を figure といい、その美しさを競うから figure skating というのだそうだ。

このような勘違いをしたのは、figure という単語にとても多くの異なる意味があるからだ。くやしいので、辞書を参考にして figure の意味を整理してみる。

  • 数量、総額(統計などで使用)
  • 数字(0 から 9 までの文字)
  • 桁(single figures は 1 桁の数。double figures は 2 桁の数)
  • 人影、姿形
  • 人物像、画像、肖像、彫像
  • 身体の線、輪郭、体格、ボディーライン
  • 大立者、実力者
  • (実在する人間の)人物像
  • 図(論文でおなじみ)
  • 図形
まだあるかもしれないが、こんなところか。動詞では、計算する、理解する(figure out)も有名。
世界フィギュア選手権が 22 年ぶりに東京で行われている。高橋大輔選手が男子シングルで銀メダルを獲得した。演技終了後に目に涙を浮かべていたのが感動的で印象的だった。

インタビューの受け答えも落ち着いていてまだ 21 歳だとはとても思えない。自分が 21 歳だったころを思い出してみると、これほど落ち着いたまじめな人間ではなかった。まあ、それはいまでもそうだが。

思えば、将棋の谷川浩司九段が名人位を獲得したのも 21 歳だった。やはり落ち着いてインタビューを受けて「実力より地位が先行した。名人位を1年預からせてもらいます」という名セリフを残した。1 つの世界に打ち込んでいる人は、それだけ精神的にも成長しているということなのかもしれない。あるいは、気負いとか照れとかいった世俗的な感情を超越しているのか。

今日は女子のショートプログラムだ。わたしのひいきは中野友加里選手。マスコミは浅田選手と安藤選手ばかりとりあげているが、中野選手にもぜひがんばってもらいたい。
将棋の渡辺明竜王がコンピュータソフトウェアのボナンザと対戦した。

ボナンザは非常に強いソフトウェアだ。一介のアマチュア棋客であるたんご屋はまったく勝てない。ボナンザに楽勝できる人間はもう地球上にいないだろう。

渡辺竜王はまだ若いが、将棋界の最高タイトルである竜王位を何年も保持している第一人者だ。現棋界最強と考えられる森内名人と佐藤棋聖のふたりにも七番勝負で競り勝っている。

世紀の対戦は、渡辺竜王がなんとか制したらしい。その対局については 渡辺明ブログ に詳しく書かれている。

昨日の NHK のニュースでもこの件を放送していた。しかし、「人間の尊厳を守ってくれてありがとう」といった感じの論調の報道でちょっと鼻白んだ。

仮に渡辺竜王が負けていたとしても、そんなことは人間の尊厳を侵すことでもなんでもないと思う。電卓より速く暗算のできる人間はいるのか。新幹線より速く走れる人間はいるのか。機械は機械、人は人だ。

渡辺竜王でも辛勝だったわけだから近い将来ソフトウェアに人間が勝てなくなることは目に見えている。もしそうなっても、わたしは将棋を指し続けるだろうし、プロ棋士の将棋も観続けるだろう。何もかわらないと思う。


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以前、「土鍋でゆでたまご」という記事で土鍋でゆでたまごを作ると殻を剥きやすい気がすると書いた。経験上そうだというだけで科学的な根拠はなかったのだが、たまたま見つけたサイトにその根拠となりそうなことが書いてあった。

書いてあったのは、「とっても簡単『ゆでたまご』」というサイトの中の後半部分である。このサイトによれば、圧力鍋でゆでたまごを作ると
二酸化炭素の膨張による卵の内部の圧力と、卵の外部(圧力鍋内部)の圧力を平衡させ、卵の薄皮が殻に圧着することを防止
できるのだという。

このサイトは圧力鍋を使う方法を紹介しているのだが、土鍋はフタが重く、ふつうの鍋よりも内部気圧が高いはずだ。このサイトの情報が本当だとしたら、圧力鍋ほどではないにしても、土鍋でも殻が剥きやすくなる効果を期待してよいということなのではないだろうか。

また、圧力鍋で作るゆでたまごは「卵黄が破裂」することもあるという。土鍋ならそのような心配は皆無なので、安心して作ることができる。
「英語の海を泳ぐ」というブログを書いていらっしゃる子守男さんが 「さすが」は英語で何という? という記事で、"exactly what you'd expect of ..." という英語表現が日本語の「さすが」に当たるのではないかと書いていらっしゃる。ふむふむ。

"(exactly) what you would expect of ..." という表現は、構文として少しむずかしいと思う。

まず、関係代名詞の what。これは「... すること」という意味。つまり、"What I need is ..." というときの what と同じ。
次に would。これは「であろう」という意味で、条件を明示していない(省略している)仮定表現。つまり、" (if you don't mind) I would like to ..." というときの would と同じ。
そして、of。これは、from と同じで「... から」という意味だ。

まとめれば、"(exactly) what you would expect of ..." の意味は、「(ちょうど)... から当然のこととして期待するであろうこと」ということになる。なお、主語の you は特定の人間を指してはいない、つまり一般論をいうための便宜上の主語だと思う。

新辞林で「さすが」の語義を引いて見ると、
予想どおりに。やはり
となっている。したがって、"exactly what you'd expect of ..." は「さすが」という意味にどんぴしゃりだとわたしも思う。「さすが」は子守男さん。わたしがこの表現を見て「さすが」という日本語を思いついたかどうか。

ところで、斎藤和英大辞典で「さすが」を引いてみるとなかなか便利そうな表現があったので、それもご紹介する。
さすがは武士だ  His conduct is worthy of a samurai.
とのことだ。これも考えてみればなるほどそういう意味になるなと感心する。逆に worthy を英和辞典で引いても「さすが」という訳語はない。少なくともわたしのもっている辞書には 1 冊も載っていなかった。「さすが」は斎藤先生だと思った。

もちろん、日本語の「さすが」とこういった英語表現が一対一で対応しているというわけではない。ある文脈ではこういう表現が使えるかもしれないというだけのことだ。それでも、こういうことを考えることはおもしろいと思う。


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前の記事と同じ写真商品の分類名を訳すという仕事。cellists という単語が出てきた。さて、なんと訳すか。

「セロ弾き」は文学的すぎるような気がする。カタカナ語では「セリスト」または「チェリスト」というらしい。これは、知っている人にはなんでもない単語なのだろうが音楽に詳しくないわたしのような人間にとってはむずかしいカタカナ語だ。なんでも和語にする必要はないが、カタカナ語ばかりになるのも芸がない。

けっきょく、わたしは「チェロ奏者」と訳した。したがって、pianist は「ピアニスト」ではなく「ピアノ奏者」、violinist は「バイオリニスト」ではなく「バイオリン奏者」ということになる。この方法なら、どんな楽器が出てきても同じ方法で表現できる。われながら、うまく処理できたかなと思った。
各種写真商品の分類名を訳した。その中の 1 つに performers という分類名が出てきた。

どう訳すべきかはもちろん内容によって決まる。その内容を確認すると、楽器の演奏者、ダンサー、俳優などを指す分類だった。みなさんならどう訳すだろうか。

わたしは「パフォーマー」かなと思った。しかし、これは英語をそのままカタカナに置き換えただけの言葉だから、まったく訳していないともいうこともできる。そういう翻訳は好みではない。

他の有力な訳語に「芸人」がある。しかし、日本語で芸人というと落語、漫才など演芸関係の人という印象が強いと思う。ピアノ奏者、バイオリン奏者、舞踏家、映画俳優などは、広い意味では芸人に違いないが、芸人という範疇に入れないことが多いような気がする。そこで、悩んだ末「演奏演技者」と訳した。

この翻訳はとてもありがたいことにフィードバックがあって、修正された最終原稿が送られてきた。その最終原稿では「演奏演技者」は「芸人」と修正されていた。そして「直訳を避け、なるべく自然な日本語にしてください」というコメントがついていた。

うーむ。たしかに大和詞という意味では「芸人」のほうが自然なのかもしれない。しかし、自然であればよいというわけでもないと思う。そのあたりは、もう個人的な感覚に依存することになるのかもしれない。
鍋物に使う大きめの土鍋で茶碗蒸しを作る方法をご紹介する。

手順を書くほどのこともない。湯飲みやマグカップなどの浅くない器に玉子汁とだし汁と具を入れて土鍋の中に置き、土鍋の底に適量の水を流し入れて弱火にかけ、沸騰したら火を止めて蓋をして 15 分ほど放っておけばよい。

土鍋は意外に蒸しものに使える。鶏肉や魚などを蒸すのに便利だ。大きな土鍋の中にそれより小さい容器を入れればよいだけなので後の洗い物も簡単である。また、中の容器を取り出さずに土鍋ごと食卓に運んで食べることもできる。

うちでは中華料理の清蒸魚も土鍋で作る。まず、土鍋の中に何かで低めの土台を作って、白身魚、ネギ、ショウガを載せた皿をその上に置く。そのまま強火で蒸して、最後に香菜を載せて醤油をかけ、熱した油をジューとかけてやれば完成だ。
ひとり暮らしのころから土鍋を愛用している。現在でも大小の土鍋を使っており、ほとんどの料理を土鍋でやってしまう。

そこで、土鍋で半熟ゆでたまごを作る方法を紹介する。用意する土鍋は、100 円ショップでも売っているような小型の土鍋。鍋焼きうどんサイズか、それより小さいぐらいのものがよい。
  1. 土鍋の底に少しだけ塩を入れ、たまごを敷くように並べる。
  2. さかづき 1 杯くらいの水を入れる。
  3. フタをして中火で 4 分加熱する。
  4. 火を止めてさらに 4 分そのままにする(蒸らす)。
  5. フタを開ければ、できあがり。
つまり、ゆでたまごというより蒸したまごに近いかもしれない。この方法だと気のせいか殻がむきやすいような気がする。なにより、使う水もガスも少なくてすむ。雪平鍋などでも同じことはできると思うが、土鍋のほうが気圧や保温性が高いので加熱時間が少なくてすむと思う。

なお、加熱 4 分、蒸らし 4 分というのは試行錯誤で見つけた、ちょうどよい半熟ゆでたまごができる時間である。鍋の大きさや火力で若干異なるかもしれない。また、固ゆででよければあまり時間を気にする必要はないが、空だきにはくれぐれもご注意を。
冷蔵庫が壊れて新しい冷蔵庫と換えたことがある。前の冷蔵庫のドアポケットには、納豆のパックに入っているカラシの小袋、そばやうどんなどのつゆの小袋など、使わなかった調味料や香辛料の小袋がいっぱいたまっていた。この機会に捨てようかと思ったが、けっきょく捨てきれず、新品の冷蔵庫のドアポケットにまた貯めておくことにした。こういう性格を「貧乏性」という。

「貧乏性」は英語でなんというか。

研究社新和英大辞典には、次のように書いてあった。
(be) unlucky by nature.
いくらなんでも、これはあんまりだ。この訳を考えたひとは「貧乏性」という日本語を知らなかったのだろうか。

同じく研究社の和英中辞典は「貧乏性に生まれている」の訳として
be born to be poor; (fml) be destined to lifelong poverty.
という表現を載せている。これも、貧乏性と貧乏を取り違えている。たんご屋は貧乏性でもあり貧乏でもあるが、それは偶然であって、貧乏性だからといって貧乏とはかぎらないのだ。

英辞郎はさすがに正しかった。
not know how to relax; poor man's mentality.
すばらしい。他にも表現はあるだろうが、研究社の辞書のような勘違いはしていない。

さらに斎藤和英大辞典ではどうか。
Penurious temperament
となっている。むずかしい単語だ。penurious には主に2つの意味があり、1つは "not having enough money to pay for necessities" つまり「貧乏な」、もう1つは "excessively unwilling to spend" つまり「しみったれな」ということらしい(WordNet の定義より)。であれば、これは「貧乏性」の「貧乏」という語感を残したまま英語にした優れた表現のように思われる。
しかし、Google で "penurious temperament" をフレーズ検索してみると、1つのサイトしか見つからない。たぶん、英語ネイティブから見ると意味は想像できるけど使うことのない表現なのではないだろうか。英語ネイティブまたはそれに近いひとがこの記事をお読みなら、ぜひ教えていただきたい。

ちなみに、広辞苑では「貧乏性」を次のように定義している。
ゆとりのある気分になれない性質。ものごとにくよくよする性分。
わたしの認識と同じで安心した。つまり、悠然としていてかまわないのに悠然としていられない、いつも働いていないと気がすまない、不要なものでももったいなくて捨てられない、そういう性格を日本語では「貧乏性」というのだと思う。
slipper や door は、現在は「スリッパ」「ドア」という表記がふつうになっているが、かつては「スリッパー」「ドアー」と表記していたと思う。このように、カタカナ語に長音符号をつけるかどうかは曖昧なことが多い。

「コンピュータのプロセッサおよびメモリのデータのサマリをプリンタに出力する」

技術系文書ではこういう文を書く。カタカナ語が多いのはともかく、それらのカタカナ語の語尾に長音符号がないことに違和感を感じるひとは多いと思う。一般には次のような書きかたのほうがふつうに感じられるだろう。

「コンピューターのプロセッサーおよびメモリーのデータのサマリーをプリンターに出力する」

長音符号を付けるかどうかについての基準には「外来語の表記」のよりどころを定めた「内閣告示第二号」がある。それによれば
英語の語末の-er,-or,-arなどに当たるものは,原則としてア列の長音とし長音符号「一」を用いて書き表す。ただし,慣用に応じて「一」を省くことができる。
とのことだ。つまり、computer は原則として「コンピューター」と書きなさいという。したがって、新聞は「コンピューター」「エレベーター」と書いているはずだ。

日本工業規格(JIS)の「JIS Z 8301:1996」は上記の内閣告示とは異なった規則を定めている。
解説付表3 原語(英語)の語尾の長音符号を省く場合の原則
a) その言葉が3音以上の場合には,語尾に長音符号を付けない。 例:エレベータ(elevator)
b) その言葉が2音以下の場合には,語尾に長音符号を付ける。 例 カー(car),カバー(cover)
c) 複合語は,それぞれの成分語について,上記a)またはb)を適用する。 例 モータカー(motor car)
d) 上記a)~c)による場合で,1)長音符号で書き表す音,2)はねる音,及び3)つまる音は,それぞれ1音と認め,4)よう(拗)音は1音と認めない。
 例 1)テーパ(taper) 2)ダンパ(damper) 3)ニッパ(nipper) 4)シャワー(shower)
http://www.jst.go.jp/SIST/handbook/sist08/f0808.htm
わたしの請ける仕事は、これと同様に指示されることが多い。おそらく、製造業者や翻訳会社の多くは、これに準じて表記基準を定めているのだろう。
作業車のブルドーザ(bulldozer)は、この車が使用されるようになったことで雄牛(bull)が暇になって居眠りをする(doze)ようになったことからできた言葉だという話を聞いた。へえ、おもしろいなと思った。

しかし、doze は「居眠りをさせる」という他動詞ではないので、ブルドーザ(bulldozer)が単純に「雄牛を居眠りさせる作業車」という意味にはならない。そこで、ネットで調べてみた。すると、どうやらわたしの聞いた話は「がせねた」だったようで、bulldozer は「bull's dose」からできた言葉らしいということがわかった。これは「雄牛にふさわしい薬」つまり「鞭で打つこと、脅してやらせること」という意味だという。

そして、この「bull's dose」から bulldoze(脅して強要する、強引に進む)という動詞ができたそうだ。これに er が付いたのが bulldozer で、最初は「威嚇者」とか「強制的に何かをやらせる強引な人」という意味だった。その後、強引に前に押し進む例の作業車の名前にもなったとのことだ。いまでは bulldozer からの逆成で bulldoze や doze に「ブルドーザでならす」とか「ブルドーザを運転する」という意味ができているという。

調べてみなければ「雄牛の居眠り」説を信じていただろう。納豆ダイエットではないが、なんでも安直に信じてはいけないなあと反省した次第。なお、ここに書いた語源も本当の話であるかどうかは保証のかぎりではないので、悪しからず。





英辞郎 第3版
ISBN:9784757411364 出版社:アルク 2007年02月


“英辞郎”の辞書データをマウスオーバー検索できる「Firefox」v2専用拡張機能」という記事を読んで、実際に使ってみた。最初は英辞郎の CD-ROM が見つからなかったので代わりに無料の PDIC 用英英辞書を利用していたが、英辞郎第三版を購入したので、そのデータを利用してやってみた。

ソフトウェアの仕様と設定方法は、「Mouseover Dictionary」というサイトに書かれている。なお、Firefox の最新バージョン 2.0.0.2 では、最初にリリースされたプラグインをそのまま利用しても動作しないので注意が必要だ。作成者の maru さんの修正ログ用のブログの「Firefox 2.0.0.1 で動かなくなる不具合の応急処置」という記事で紹介されている修正版を利用すると、Firefox 2.0.0.2でも動作するようだ。

Firefox 上で Alt キーと N キーを押すと、ブラウザ画面の左側にバーが表示され、マウスポインタで単語をポイントすると同時にその単語が英辞郎で検索されて意味が表示される。たとえば、CNN のページで「catching」という単語をポイントすると次のようになる。

マウスオーバー検索

この動作は本当に速く、ポイントと同時に表示されるとしかいいようがない。これに較べると、Google ツールバーに付属のマウスオーバー辞書は、収録語数も少なすぎるが反応時間も遅すぎてまるで使いものにならない。

さすがに収録語数が 150 万語を超える英辞郎第三版を使うと、見つからない単語はほとんどない。英語だけのホームページも、この拡張機能を使用すればストレスなく読むことができるだろうと思う。
ノーミスは「no mistake」からできた和製英語。このカタカナ語をむかしからある日本語に言い換えると何だろう。

「無謬」か。うーん、「無謬」を辞書で引いてみると「誤りのないこと」という意味だそうだから「no mistake」の意味で使ってはいけないということはないだろうが、ふつうは「構造や理論や手続きが完全である」ようなときに使う気がする。では、辞書にはないが「無瑕疵」か。しかしこれはなんだか法律用語みたいだし「欠陥がないこと」という意味が本来だろう。意外にもぴったりした言い換え語が思いつかない。ちょっと工夫して「完璧」ぐらいか。

フィギュアスケートの浅田真央選手はインタビューで次回の演技の抱負を聞かれたときに「ノーミスしたいです」とよく言う。「失敗しないようにしたい」ではなくて「ノーミスしたい」というところがおもしろい。英語で「will not make any mistake」に代えて「will make no mistake」と言うのとちょっと似ている。

また、「したいです」という言いかたがぎこちなくて彼女の幼くてかわいい感じがより強調されている。なぜぎこちないかというと、この「たい」は形容詞と同じ活用をする助動詞なので、終止形をそのまま「です」とくっつけるとどこかしら据わりの悪さを感じてしまうのだと思う。連用形のウ音便を使って「ノーミスしとうございます」という言いかたが日本語文法としては正しいはずだ。でも、わたしなら「ノーミスでいきたいと思います」とでも言うだろうが。





生命の意味論
ISBN:4104161012 多田 富雄 新潮社 1997/02 ¥1,890


人間の胎児の指と指の間はつながっていて水かきがついている。「個体発生は系統発生を繰り返す」の一例で、遠いむかし動物が水棲だったことのなごりだという。

この水かきは生まれるまでになくなってしまう。水かきの部分の細胞が自分で死ぬ。おたまじゃくしのしっぽと同じで、ある種の細胞は自死するようにあらかじめプログラミングされているのだ。これを「アポトーシス」という。それらの細胞はある時点で自発的に死ぬことに意義がある。死なないと個体にとって都合の悪いことになってしまう。

幼児は、顔に非常に興味を持っており、特徴の違う人間の顔を区別する。人見知りというやつだ。赤ん坊はひとだけではなく猿の顔も区別するらしい。しかし、おとなになるとふつうは猿の顔を見分けられなくなる。

また、幼児は、あらゆる言語における発音の違いを区別できるという。考えてみれば当たり前だ。アメリカで生まれた日本人が l と r を聞き分けられなかったら困るし、中国で生まれた日本人が四声を聞き分けられなかったら困る。しかし、おとなになると母語で区別しない発音は聞き分けられなくなる。

おとなになるとなくなってしまう幼児の能力についてのこれらの例は、アポトーシスと相似形の現象のようにわたしには思われる。

これをおとなになることで能力がなくなったと悲観的に考えるひともいるかもしれないが、わたしはそうは考えない。生まれたてのころは、いろいろな状況に対応できるだけの能力を持っていなければならない。しかし、成長するにつれて不要になった能力をそぎ落とすことで完成形により近づく。

人間の記憶というのもこれと似たようなものではないだろうか。最初のうちは、将来のさまざまな状況に対応できるように、多くの情報を無差別に記憶する。状況が確定してくるにつれて不要になった記憶は消えていく。一本の木から仏像が彫り出されていくように、要らない記憶が消えていくことで自我が完成に近づいていくのだと思う。
以前、仕事の原稿に 12 a.m. という時刻が出てきた。文脈から考えると midnight のことを指しているようだ。

あれ、12 a.m.(午前 12 時)は noon のことではないのか。midnight は 12 p.m.(午後 12 時)または 0 a.m.(午前 0 時)だろう。

よくわからなくなってきたので、Google で検索してみると、いきなり、NIST(米国の国立標準技術研究所)の質疑応答ページが見つかった。

このページの説明をまとめると
noon は午前 12 時、午後 12 時のどちらも間違い。
midnight は午前 12 時、午後 12 時のどちらでも正しい。
でも、noon とか midnight と書くのがよい。
ということらしい。

英語についての説明だが、日本語でもおそらく同じだろうと思ったので、そこで調べるのをやめた。

しかし、noon には「正午」という日本語があるが、midnight に当たる日本語はあるのだろうか。「真夜中」というのは必ずしも midnight ではないと思う。英語の midnight も必ずしも「午前 12 時」ではないのかもしれないが。

これについても調べてみたら、「半宵」とか「三更」とかいう日本語があるらしい。わたしは初めて知ったが、古い言葉のようなので時代小説や時代劇に詳しいひとならご存じかもしれない。

それにしても、午前 0 時、午後 0 時という言いかたは(正式には)存在しないということか。おどろいた。そういえば、むかし FEN は真夜中の正時になると twelve midnight といっていた。いまの AFN は聞いたことがないが、たぶん同じだろう。しかし、午後 11 時の次が 午前 12 時になるのは、どうも釈然としない。





「完璧」はなぜ「完ぺき」と書くのか―これでいいのか?交ぜ書き語
ISBN:4469221791 田部井文雄 大修館書店 2006/02 ¥945


「交ぜ書き」というのは、この本の標題にあるような「完璧」を「完ぺき」とするような書きかたのことだ。パソコンを使っているとほとんどの漢字は読みを入力するだけで書くことができるので、なぜ「完璧」を「完ぺき」と書くことがあるのか本当にわからなくなる。まあ、理由はかんたんで「璧(ぺき)」という漢字が常用漢字表に入っていないからだ。この本の著者は「交ぜ書き」に強く反対する立場でこの本を書いている。そこまでこだわらなくてもと思うが、たしかに交ぜ書きに生理的な嫌悪感があるというひとは多いと思う。

交ぜ書きではなくて書き換えで対応された熟語もある。たとえば「洗滌(せんでき/せんじょう)」は「滌」の字が表外漢字なので「洗浄」と書かれるようになった。「障碍」も「碍」が表外漢字なので「障害」と書かれる。ただし障害者という熟語に関しては、害という文字に悪い意味があるために「障がい者」とあえて交ぜ書きで書かれることも多いという複雑な事情がある。

この本を読んで、そうだったのかと思ったのは「谷川浩司九段と羽生善治三冠は、将棋界の双へきである」などというときの「双へき」を本来の字で書くと「双璧」だということだ。わたしは、これを双壁つまり 2 枚の壁(かべ)だとずっと思っていた。正しくは双璧、つまり完璧と同じ璧(美しい玉)という字を使うということをやっと知った。この本の著者の「危ぐ」するとおり、交ぜ書きばかりを見ているとこういうことがわからなくなってしまうのだろう。
イカは漢字で「烏賊」と書くわけだが、なぜ「烏の賊」なのか。イカスミの黒さとカラスの黒さになにか関係があるのだろうなと漠然と思っていた。ところが、調べてみるとどうやらそうではないらしい。

イカが海面近くで死んだふりをしているとカラスが食べに来る。そこで、イカは 10 本の腕でやおらカラスを捕まえて食べてしまうという。そこで、イカはカラス(烏)にとっての賊(ゾク)だということで「烏賊」という名前になったそうだ。

このようなイカがカラスを食べるという話ができたのはイカスミが真っ黒だからではないだろうか。イカのクチバシは「からすとんび」という別名があるぐらいで猛禽類のクチバシによく似ている。鳥のようなクチバシをもつことと真っ黒なスミを吐くことで、「イカはカラスを食べているのだろう」とむかしのひとたちが想像してもふしぎではない。そうだとしたら烏賊にカラスという黒い鳥の文字が使われていることとイカスミの黒さの間にまんざら関係がないわけでもないのかもしれない。
ご存じのかたも多いと思うが、ブログで取り上げられているキーワードを集計し、よく取り上げられている順に表示する Kizasi.jp というサイトがある。いま世間でどんなことが話題になっているかがわかったような気になる、おもしろいサイトだ。そのサイトに「バレンタイデー」というキーワードがあった。

うーん、「バレンタイデー」か。打ち間違えたのか、奇抜な言いかたをしておもしろがっているのか。あるいは本当に「バレンタイデー」という表記を正しいものとして打っているのか。Google で検索すると約 39,300 件もあった。中には単なる打ち間違えもあるかもしれないが、これだけ多くのサイトに「バレンタイデー」と書かれているということは「バレンタイデー」というカタカナ表記が一般的になりつつあるのではないだろうか。entertainment に当たるカタカナ語は「エンターテインメント」「エンターテイメント」「エンターティメント」と変わってきているようだが、それと似たようなものだろう。
それとは別に、むかしアイスクリーム屋さんが「アーイス、アイスクリン」という売り声で歩いていたのと省略のしかたが似ている気がする。
浅田真央選手は、昨年末の全日本選手権で前人未到の 211 点を獲得したときに「すごいうれしかったし、すごい気持ちよかった。すごいびっくりした」と言った。

「すごい」の連用形は「すごく」だ。つまり、浅田選手の発言は「すごくうれしかったし、すごく気持ちよかった。すごくびっくりした」のほうが、少なくとも文法的には正しいだろう。

とはいえ「すごい」と終止形(連体形)のかたちで副詞的に使われることがとても多い。浅田選手の発言は、まさにそういう使いかたをしている。

同じように終止形を連用形のように使用する例はあるかなと考えてみたが、あまり思いつかない。1つだけ思いつくのは「えらい大変だった」というときの「えらい」という表現だ。これはもしかすると関西弁なのかもしれない。

ところで、「すごい(すごし)」を古語辞典で調べてみると「もの寂しい」「おそろしくぞっとする」以外に「恐ろしいほどすぐれている。すばらしい」という意味が見つかった。しかも源氏物語に用例があるらしい。すごいびっくりした。
何心なき空の気色もみる人から艶にもすごくも見ゆるけりなり
帚木
インターネットの掲示板やブログを見るようになって「卑下」という言葉をよく目にするようになった。わたしにとって「卑下」は日常ほとんど使わない言葉で、使うとしても「自己卑下」という熟語で使う。そして、その「自己卑下」の意味、つまり「謙遜」に似た意味しか知らなかった。ところが、インターネットでは、相手を侮蔑、侮辱するという意味で使用していることが多い。初めてそういう使いかたを見たときは、なんのことだか意味がわからず混乱した。

Google で「相手を卑下する」をフレーズ検索してみると、1870 件ものサイトが見つかる。

新辞林では「へりくだること。謙遜すること」という語義になっている。これはわたしと同じ認識。ところが、広辞苑では、第一語義として「へりくだること。謙遜」、第二語義として「いやしむこと」となっている。つまり、広辞苑の第二語義であれば、見下げる、侮辱するというような意味で「卑下」を使用してもおかしくないことになる。

とはいえ、小学館のランダムハウス第2版では、卑下は、humility、modesty、stoop の訳語になっているし、研究社のリーダーズでは deprecation、self-abasement、self-contempt、self-deprecation、self-humiliation などの訳語として使われている。これらはすべて謙遜、謙虚などの意味であって侮辱の意味ではない。

さらに、斎藤和英大辞典では「卑下」の訳語は次のようになっている。この辞書は昭和3年に刊行されたものの復刻版だから、かなり古い時代の認識を反映していると考えてよいと思う。
Self-abasement; self-depreciation; self-effacement; humility:
(=する) to humble oneself; to depreciate oneself; to abase oneself; to efface oneself; to think meanly of oneself
斎藤先生も、卑下とは「自己を卑下する」「相手に対して自らの価値をわざと下げる」というような意味だと考えておられたようだ。

やはり、「卑下」という言葉はもともと「謙遜」というような意味で使われることが多かったのではないかとわたしは思う。それが「侮辱」の意味でよく使われるようになっている(と少なくともわたしには思われる)のは、インターネットの影響が大きいのではないだろうか。「嘲る」「蔑む」「卑しむ」といったやまとことばよりも「卑下する」のような漢語のほうが中立的で冷静な感じがして使いやすいのかもしれない。
インタフェース(interface)とは、2つのものの橋渡しをするもののことだ。コンピュータの分野では、機械と人間の橋渡しをするもの(ユーザインタフェース、マンマシンインタフェース)のことを指すことが多い。マウスやキーボードもそうだし、音声入力のマイクもそうだ。もちろん、操作方法や操作感もインタフェースという。

わたしは「インタフェース」と書くのがくせになっているが、これは情報処理分野に特有の表記のようだ。Google で調べると約 4,930,000 件のサイトが見つかった。ほかに、「インターフェース」というのもある。これはいちばん一般的な表記だと思う。Google では約 6,800,000 件。もう1つの表記は、「インターフェイス」。これは、Google では約 5,770,000 件だ。ある辞書によれば、法律の分野ではこの表記を使うとのことだが本当だろうか。
2ちゃんねるという巨大匿名掲示板がある。たんご屋は投稿はしないが、特定の主題についての一連の投稿を見ることがある。すると、「○○はガイシュツ」と書かれた投稿をよく見かける。最初見たときは何のことだかわからなかった。少し慣れてくると、どうやら「既出(きしゅつ)」のことらしいとわかった。

2ちゃんねるに投稿する人たち(俗に2ちゃんねらー)が、みな「既出」の読みかたを知らないというわけではない。「既出」のことを間違えて「ガイシュツ」と書いたひとがずっと前にいたらしい。それ以降、みなおもしろがってわざと「ガイシュツ」と書いているとのことだ。

最初に間違えたひとは、「既出」の「既」は「概要(がいよう)」の「概」とか「感慨(かんがい)」の「慨」の旁(つくり)だから、「既」も「がい」と読むのだと思ったのだろう。たしかに、形声文字は、版、板、坂、阪のように、偏(へん)が意味を表して旁が音を表すことが多いから、そのひとの勘違いは納得できる。

まあ、他人の勘違いをあげつらって笑おうという主旨ではない。勘違いの多さなら、たんご屋も人後に落ちない。

20年ほど前、業務用パソコンでプログラムを書いていたことがある。あるとき「原因」という文字を入力する必要があったのだが、いくらがんばってもカナ漢字変換システムが「原因」と表示してくれない。機械に対する信頼感のない時代である。なんだ、「原因」も変換できないのかよ、使えない機械だなと思いながら、「ゲンパツ」と入力して「原発」を、「インガ」と入力して「因果」を表示して、その「原」と「因」を組み合わせてなんとか入力したと思う。けっきょく、「原因」がカナ漢字変換されない「ゲーイン」がわかったのは、それから数ヶ月後のことだった。

それだけではない。たんご屋は長いあいだ模擬実験のことを「シュミレーション」と書いていたし、発音していた。もちろん「simulation」という英語は知っていた。でも、なぜか日本語では「シュミレーション」というのだと思いこんでいた。

いま書けといわれたらたぶん「シミュレーション」と書く。でも、「シュミレーション」という表記も完全な間違いとはいえないといまも思っている。ギョエテではないが、カタカナ外来語はしょせん音写にすぎないからだ。発音するひとによって発音は違うはずだし聞くひとによって聞こえかたは違うはずである。同じ原語がさまざまな表記になるほうが当たり前だろう。
「速度が速い」という表現は、自分でも会話でよく使っているような気がする。しかし、文字にすると「速」という字が 2 つあってなんだか変だ。速度とは「速さの度合い」ということだから「速さの度合いが大きい」ということで「速度が大きい」が正しいのか。それとも「高速度」という言葉があるのだから「速度が高い」が正しいのか。

それぞれを Google でフレーズ検索してみたら次のようになった。

「速度が速い」- 約 293,000 件
「速度が大きい」- 約 25,000 件
「速度が高い」- 約 23,800 件

「速度が速い」がいちばん多い。

英語ではどうだろう。こちらも Google でフレーズ検索をしてみた。

"speed is fast" - 約 59,800 件
"speed is large" - 約 545 件
"speed is high" - 約 66,300 件

high がいちばん多いが、fast も意外に多い。

「強度が強い(約 28,100 件)」とか「高度が高い(約 23,800 件)」という表現も多かった。ああ、頭痛が痛い。
ニュースでアナウンサが「ストーカー行為」という単語を使うたびに、どうも違和感を覚える。それをいうなら「ストーキング行為」ではなかろうか。ためしに Google で件数を調べたら、「ストーカー行為」が約 258,000 件で「ストーキング行為」が約 20,900 件だった。「ストーキング行為」といういいかたも使われているようだが、「ストーカー行為」のほうが優勢だ。規制する法律の名称も「ストーカー行為等の規制等に関する法律」となっている。

「ストーカーする」と動詞で使われると、さらに違和感がある。「ストーキングする」ならあまり違和感がない。これも Google で調べてみると「ストーカーする」は約 29,900 件、「ストーキングする」が約 21,400 件という結果で、「ストーカーする」のほうが多い。もともと人のことであるストーカーに「する」をつけて動詞にしてしまうことに対して「ピッチャーする」「ピアニストする」と同じような抵抗感をわたしは感じているようだ。
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