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きょうの東京新聞に、政治家の語彙が乏しいことを嘆く「相変わらずの『ボキャ貧』」という記事が載っていた。民主党も自民党も「全員野球」などという陳腐なことばを使っている、そういう手垢のついたことばじゃなくて生きたことばを聞かせてもらいたい、という主旨だ。

「全員野球」。これはたぶん高校野球から広まった語ではないかと思う。かつて春夏の大会を連覇した強豪の簑島高校野球部がそうであったように、特別に優秀な投手や四番打者の力だけに頼って戦うのではなく、すべての選手が適材適所に力を発揮して戦う流儀のことだとわたしは理解している。

たしかに、野球以外のスポーツの人気が台頭してきて野球の人気が相対的に下がっている最近の若者には「全員野球」という語の意味は通じにくいのかもしれない。政治家というのはだいたい年配のひとばかりだから「全員野球」という語を好んで使うのだろう。

まあしかし、「ボキャ貧」と言う語も陳腐で手垢のついたことばだ。「全員野球」はまだしもふつうの漢語だが、「ボキャ貧」はカタカナ語と漢語を組み合わせた略語なので逆に年配のひとにわかりにくい語だと思われる。
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テレビの紀行番組で息子さんといっしょに出演なさっている加藤剛さんを久しぶりに見た。往年の美男子もさすがに少しお年を召されたようで、すらりとした体型は保っていたが少し頬が痩せていらっしゃった。

その加藤さんを横から映した映像を見たときに、あれ、と思った。なんと、あの故加藤嘉さんそっくりに見えたのだ。そういえば、おふたりは顔の骨格が似ているのかもしれない。加藤剛さんと加藤嘉さん。どちらも加藤姓で名前が一文字だ。もしかして遠い親類なのかと思って Wikipedia で来歴を見てみたがそういう事実はないようだ。

加藤剛さんと加藤嘉さんといえば、どなたも「砂の器」での親子役を連想するだろう。そのことがあるから、わたしはそう思ってしまったのかもしれない。あの映画を見たときは、あのふたりは親子とはまったく思えないなあ、と思ったものだが、実はとても優れた配役だったのかもしれない。

そういえば、あの映画では、刑事役のひとが「順風満帆」という台詞を「じゅんぷうまんぽ」と言ったという話がある。わたしはそういう台詞を聞いたという記憶がまったくない。このことは、子守男さんに教わった。
ここ東京の片田舎ではかなり前から夕方に虫の音が聞こえる。今年は夏があったようななかったような、梅雨からそのまま秋になったような年だったからと思われる。

子どものころにコオロギを飼ったことがあって、エサにナスや煮干しを与えていた。もともとコオロギのエサを知っていたわけではないから、おそらく昆虫図鑑のようなものを見て野菜や煮干しをやるのがよいと書いてあったのを知ったのだろう。さきほど見た NHK の科学番組「アインシュタインの眼」によれば、スズムシに煮干しなどの動物性タンパク質を与えないでいるとあまり鳴かなくなり、羽根がやわらかくなって音も悪くなる、とのことだった。

スズムシのオスが鳴くのはメスを惹きつけるためだが、野菜ばかり食べているスズムシはその「鳴く」という行為が上手にできなくなる。逆に、肉食のスズムシは異性を引き寄せる力、擬人的にいえば異性を引き寄せようとする意思が強くなる。これは、まさに「肉食系スズムシ」ではないか。

理屈をいえば、野菜だけでなく動物性タンパク質も摂って健康で元気で生活力のあるオスのスズムシがメスのスズムシに選ばれるということなのだろう。もっと厳密にいえば、そのように選んできたメスの遺伝形質がずっと残ってきて自然に多数派になったということだ。

草食主義のひとからすると、では大豆などの植物性タンパク質を喰わせていたらどうなんだ、と聞きたくなるに違いない。もちろん、番組ではそういうマニアックな実験はしていなかったが、肉食よりも健康的だということでもてるようになるかもしれない。もちろんこれは冗談で、自然の中で肉食を絶つスズムシがいるわけないから意味がない。

ところで、最近の肉食系男子/女子とか草食系男子/女子とかいう流行りことばは、「男子」「女子」という言いかたに違和感がある。わたしは児童生徒のころ以来、「男子」「女子」ということばをずっと使ったことがなかった。おとなの男女についてもそのようにいうようになったのはいつごろからなんだろう。人気マンガか何かから広まったのではないかと想像するが。
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