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生命の意味論
ISBN:4104161012 多田 富雄 新潮社 1997/02 ¥1,890


人間の胎児の指と指の間はつながっていて水かきがついている。「個体発生は系統発生を繰り返す」の一例で、遠いむかし動物が水棲だったことのなごりだという。

この水かきは生まれるまでになくなってしまう。水かきの部分の細胞が自分で死ぬ。おたまじゃくしのしっぽと同じで、ある種の細胞は自死するようにあらかじめプログラミングされているのだ。これを「アポトーシス」という。それらの細胞はある時点で自発的に死ぬことに意義がある。死なないと個体にとって都合の悪いことになってしまう。

幼児は、顔に非常に興味を持っており、特徴の違う人間の顔を区別する。人見知りというやつだ。赤ん坊はひとだけではなく猿の顔も区別するらしい。しかし、おとなになるとふつうは猿の顔を見分けられなくなる。

また、幼児は、あらゆる言語における発音の違いを区別できるという。考えてみれば当たり前だ。アメリカで生まれた日本人が l と r を聞き分けられなかったら困るし、中国で生まれた日本人が四声を聞き分けられなかったら困る。しかし、おとなになると母語で区別しない発音は聞き分けられなくなる。

おとなになるとなくなってしまう幼児の能力についてのこれらの例は、アポトーシスと相似形の現象のようにわたしには思われる。

これをおとなになることで能力がなくなったと悲観的に考えるひともいるかもしれないが、わたしはそうは考えない。生まれたてのころは、いろいろな状況に対応できるだけの能力を持っていなければならない。しかし、成長するにつれて不要になった能力をそぎ落とすことで完成形により近づく。

人間の記憶というのもこれと似たようなものではないだろうか。最初のうちは、将来のさまざまな状況に対応できるように、多くの情報を無差別に記憶する。状況が確定してくるにつれて不要になった記憶は消えていく。一本の木から仏像が彫り出されていくように、要らない記憶が消えていくことで自我が完成に近づいていくのだと思う。
コメント
この記事へのコメント
たんご屋さん、こんにちは。mamarimamaさんのところで、ここに引越しをされたいう情報を得て、お邪魔させて頂きました。コミュニティーの力に感謝です!
生理的なアポトーシスは、たんご屋さんのおっしゃる通りですよね。ただ、病的なアポトーシスの場合。。それがアルツハイマー型痴呆などの原因の一部とも考えられたり(今は、神経伝達物質のバランス異常の方が。。病因としては大きいかな?)、度が過ぎてしまうとやはり問題があるのかな。。とも思います。これからも、ことばに対する色々なお話を伺いに、ここに遊びに来させて頂きますね。
2007/03/14(水) 09:09 | URL | Mickey #-[ 編集]
Mickey さん、いらっしゃいませ。このアポトーシスについての雑感を、医師である Mickey さんに見ていただくとちょっと恥ずかしくなります。病的なアポトーシスというのがあるのですね。ガンにしてもそうですが、正常な細胞の正常な機能と紙一重の病気もあるということでしょうか。こちらこそ、これからもよろしくお願いいたします。
2007/03/14(水) 10:20 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
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