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昨夜は皆既月食だったらしいが東京地方はちょうど雷雨になって見ることができなかった。琥珀色の月を見たかった。残念だ。

月や太陽は地平線や水平線に近いと大きく見える。これはほとんどのひとが実感したことがあると思う。しかし、当たり前だが、月や太陽自体の大きさはいつでもほとんど同じだ。五円玉をもって手をいっぱいに伸ばしたときの穴の大きさである。

昇りたての月や沈む月、朝日や夕日はなぜ大きく見えるのかというのははっきりとわかっていないようで、空気の屈折のせいだとか、比較するものがあるからとか、いろいろな説がある。だが、わたしがもっとも本当らしいと思うのは次のような説である。

ヒトは、空を見上げたとき半球を伏せたようなかたちとは認識しておらず、てっぺんの部分を手で押しつけたようなひしゃげたかたち、つまり東京ドームの屋根のようなかたちに認識しているという。したがって、太陽や月が天頂のほうにあるときは、近い場所にあると認識するので相対的に小さいものに見える。逆に水平線や地平線の近くにあるときは、遠い場所にあると認識するので相対的に大きく見えるというのだ。

これと同じ理屈で前回書いた水平線が湾曲して見える件も説明できるかもしれない。水平線の場合は空ではなく自分の前方の空間の話になる。前方の空間も、すべての場所が等距離の半球ではなく、視野の中央が近くて視野の左右の端が遠い、ひしゃげたかたちの空間として認識しているような気がする。

その状態で横一直線の水平線をながめると、視野の中央では小さくつまり遠くあるように見え、視野の端のほうは大きくつまり近くにあるように感じるのではないか。その視野の端のほうが近いという脳の感覚を正当化するために水平線の端の部分を手前に引き寄せるかたちで湾曲させて認識するということはありえるかもしれない。これは前回と似ているけれど少し違う、また別の説である。


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コメント
この記事へのコメント
北軽井沢ではみれました。やはりオレンジでした。
2007/08/29(水) 09:49 | URL | 北軽井沢 #-[ 編集]
よく赤銅色といいますが、わたしは琥珀色だと思っています。本当にきれいですよね。子どものときに田舎で見た月食は、これまで生きてきて見てきた多くのものの中でも屈指の美しさで、いまでもよく覚えています。
2007/08/29(水) 10:04 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
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