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進化しすぎた脳 中高生と語る「大脳生理学」の最前線
池谷裕二 講談社 2007年01月 ISBN/JAN:9784062575386 1,000円

講義の形式、いや、高校生に対して実際に行った講義をまとめた本。とても読みやすくてわかりやすく書かれている。でも、内容は幼稚ではない。考えようによってはかなりむずかしいし、衝撃的な内容でもある。心とはなにか、意思とは何か、感情とは何か、世界とは何か、といったことについて考えさせられる。

養老先生の「唯脳論」もそうなのだが、この本も、一見「脳」に関する本であるかのように見えて実は「身体」に関する本だと思う。「中枢は末梢の奴隷(改題「ネコのヒゲは脳である」)」という本があったが、身体はあらゆる意味で脳を規定している。

たとえば、次のようなことが書かれている。

まず世界がそこにあって、それを見るために目を発達させた、というふうに世の中の多くのひとは思っているけど。ほんとはまったく逆で、生物に目という臓器ができて、(中略)はじめて世界が生まれたんじゃないか。
(p.129より)


これはたぶん「唯脳論」に書かれていたことだと思うが、ニュートン以来、わたしたちは慣性の法則をことばで理解しているけれど、身体はそのずっと前から慣性の法則を理解していた。そうでなければ、きちんと歩いたり立ち止まったりできるわけがない。身体がとっくに知っていたことを大脳がことばに置き換えたのが慣性の法則というわけだ。

また、数学でいう点とか直線とかいう概念は脳が光情報を処理するしかけからできたものだ。面積のない「点」とか太さのない「直線」なんてものは自然界に存在するわけがない。つまり、幾何学とは目と脳の機能を記述したものだともいえる。

この本の著者も書いているが、もしわたしたちが魚の目やカエルの目(ほとんど動くものしか見えない)をもっていたら、まったく違う幾何学や物理学が、つまり世界が、できていたと考えられる。

また、ラマチャンドラン医師の「脳のなかの幽霊」によれば、失った腕に痛みを感じるという「幻視」の患者さんはその腕に対応する脳内地図が残っていて視覚からのフィードバックがないからいろいろとわるさをする。だからあたかも腕があるかのような情報を視覚で補ってやることで多くの場合は治癒するそうだ。このことも、脳がいかに強く身体から制御されているか、末梢から逃れられないかを表しているといえると思う。

このほかにも、「人間は脳の解釈から逃れられない」「人間は言葉の奴隷」「記憶の『あいまいさ』はどこから生まれる」など哲学にも通じそうなおもしろい考えかたがたくさん紹介されている。もともとそう思っているひとでもおもしろいと思うし、そういう考えかたをしたことのないひとには目からウロコの内容かもしれない。
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