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先日、政府の UFO 談義の話題から宇宙人は存在するかどうかという話を妻としていたときに、たまたま「生物学的数字」ということばを造語して使った。そのあと「生物と無生物のあいだ」という本を読んでいたら、まさにその「生物学的数字」ということばが出てきたのでおどろいた。

先週のいつの日だったかの日経新聞の「春秋」欄に、宇宙には一千億かける二千億の星があるから地球以外の星に生物が存在してもふしぎではない、というような主旨のことが書いてあった。こういう「天文学的数字」を出されると、なるほど、それだけ星があるのなら生命のある星があってもふしぎではないなあという気がしないでもない。

しかし、宇宙にある原子がうまく組み合わさって生命が生じる確率はおそらく「生物学的数字」といってよいほど低いのではないかというのが、そのときわたしが妻に話したことだった。

当たり前だが、いくら多くの環境があっても、生じる確率自体が非常に低ければそれが生じる確率はやはり低い。地球上に 100 余の国がある、64 億余の人類がいるといっても、男が妊娠して出産したという話はこれまで聞いたことがない。

ひとりの人間を構成する細胞の数は約 60 兆といわれる。それだけで銀河系の恒星数といわれる二千億よりも多い。ましてや、人間を構成する分子、原子の数を考えると全宇宙の星の数より多いのではないだろうか。このように、生物学的数字が天文学的数字よりも大きいことは十分に考えられる。

まあ、具体的にはわからないのでネットで検索してみると、生命が偶然に生じる確率は 10 の 4 万乗分の 1 だと計算した学者がいると書いてあるページがあった。星の数といわれる一千億かける二千億は 10 の 22 乗くらいにすぎないからまるで桁が違う。その説が正しいなら、地球以外に生命がいる可能性はかぎりなく低いといえる。

これはわたしの想像だが、天文学者には他の星に生命のいる可能性は高いと考えるひとが多く、生物学者は他の星に生命のいる可能性は低いと考えるひとが多いのではないかと思う。

むかし、月のクレーターはどうしてできたのかという説明に火山説と隕石説があった。おもしろいことに、火山説を唱えるのは天文学者、隕石説を支持するのは地質学者だったそうだ。つまり、自分の専門分野に関することはよく知っているので安易に考えないが、自分のよく知らないことは気楽に考えてしまうということが人間にはあるのではないだろうか。


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