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福岡伸一 講談社現代新書 2007年 05月発売

科学啓蒙書ではあるが、かなりの部分は研究の歴史や研究者世界の政治的な話になっている。科学啓蒙書は好きだが、歴史も政治もあまり興味がないので、おもしろくて一気に読むということにはならなかった。

著者によれば、生物のからだでは常に古い分子が廃棄されて新しい分子が取り込まれているという。もちろん、ふつうの体細胞は古い細胞が死んで新しい細胞ができていく、つまり新陳代謝というのはあるわけだが、脳細胞のような新陳代謝しない細胞でも、またその細胞核も、分子レベルではたえず新しいものに入れ替わっているということだそうだ。それはあまり必要ではないたとえば贅肉のような部分でも例外ではなく、絶えず分子が入れ替わっているらしい。

とはいうものの、「ゆく川の流れ」のように、単に、新しい分子が入ってきてそれに押し出されて古い分子が出ていく、ということではない。ある意味でブロックのようにぴっちりとした構造によって、必要なところに必要なものがきちんと組み入れられていくしくみになっているということらしい。むしろ、ある構造や機能を維持できるようにするために、分子が速やかに入れ替わるようなしくみになっているということのようだ。

著者はそれを「動的平衡」と呼ぶ。それは、生命のしくみの説明というだけのことではなく、絶えず流れることによって一定の構造や機能を維持する存在こそが「生命」である、と定義しているように思われた。また「流れ」だから、物質や位置だけではなく時間という要素も不可欠に取り込んだ存在になる。

わたしが著者の考えを正しく理解できているかどうかわからないし、仮に正しく理解しているとしてもそれが正しいかどうかはわからない。しかし、この考えに従ってちょっと飛躍したことをいえば、高等動物の脳(神経系)を取り出してガラス瓶に入れてもそれは「生命」とはいえないし、鉄腕アトムのような存在はどんなに精巧に作っても「生命」になることはないということになると思う。むかしの SF は現在知られている生命以外の生命をわりあい安易に想定していたが、それは科学的には無理があるかもしれない。

神というものは信じていないけれど、やはり生命というのは非常に複雑かつ精妙にできているもので、この宇宙で唯一の存在かもしれないと思う。
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