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塩分は腎臓によくないと聞いていたが、あるとき、腎臓専門医が「塩分は腎臓に悪いわけではない」と新聞に書いているのを読んで、なあんだ、と思った。

それと似たようなことはよくある。コーヒーが胃に悪いとか、肝硬変の主要な原因は飲酒だとか、大豆や動物性タンパク質の焼けこげに発ガン性があるとかむかしはいわれたことがあるけれど、それらのことは、いまでは、必ずしも正しいとはされていないようである。そういう未だ研究段階の話がすでに解明された事実であるかのように流布してしまうのは、原因と結果をわかったように説明することで安心したいという強い気持ちが人間にはあるからなのだろうと思う。

たとえば、何だか変な胸騒ぎを感じたらそのときだれかが亡くなっていたということが後でわかったというような話もよく聞く。それは、単なる偶然と考えることもできる。というか、そう考えるのがふつうである。しかし、「胸騒ぎ」と「だれかが亡くなったこと」に何か関係があるのだろうと自分に対して「説明」することで納得するという方法もある。よく考えてみれば、その関連づけには、自分がそう思う、という以上の根拠はないわけだが、人間にはともかく説明することで安心したいという気持ちが強いのだろう。ある種の宗教や商業オカルトはそういう心理をうまく利用している。

香港で「ロト6」のようなギャンブルを、すすめられて遊びというか記念にやったみたことがある。面倒だったので「1234…」という番号にした。それを見た現地の子が「そんなのだめだよ」とわたしにいった。わたしは「へ、なんで? 165472 でも 123456 でも確率は同じじゃない」と答えた。すると、現地の子は「うーん、そういわれてみればそうか」と納得したようだった。

000000 から 999999 まで 100 万の数字から 1 つの数字を無作為に選ぶとしたら、165472 でも 123456 でも 000000 でも、どれも 100 万分の 1 の出現確率であって、まったく同じである。 123456 や 000000 のほうが出現しにくいような気がするのは、そちらのほうが「人間にとって」意味がありそうに見えるからだ。これは、予知夢、霊感、心霊写真といったものが、「人間にとって」意味がありそうな部分だけを抽出していることとよく似ているとわたしは思っている。

こういうことを書くと、科学万能主義と批判されるのかもしれない。でも、研究者ではないわたしたちにとって科学もまた説明をつけて安心するための道具にすぎないということは最初の例で書いたとおりである。科学だけではない。宗教も陰陽五行説も精神分析も、何かを説明するためのものさしであり道具であると思う。そういった説明を全面的に信じるのは個人の勝手だが、ときには、別のものさしで見るとこういうことになるなあ、と斜めから見てみることも悪くないと思う。
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