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国会は DNA(D=道路、N=年金・日銀、A=あたご)でたいへんだそうだ。政治家は DNA という語が好きなのだろうか。大宏池会構想の件で政治家の谷垣禎一さんが、古賀さんは同じ DNA だが麻生さんは違う、というようなことをいったという囲み記事を数日前の新聞で読んだ。中曽根元首相も、首相になったばかりの小泉さんに「同じ DNA を感じる」とかなんとかいっていたと思う。

もっとも、DNA ということばは政治の世界にかぎらず最近いろいろなところでよく見たり聞いたりする気がする。Google で検索してみたら次のような例があった。

名古屋出身のDNAをくすぐる味
日本の名機「XXXX」のDNAを継承した自転車
幸之助のDNAを最も濃く受け継いでいるのが彼だ
ソニーのDNAを受けついだ11人

うーむ。名古屋から、自転車、幸之助、ソニーに至るまで DNA とは… なんだか、すごい。

英語でもこういうふうに比喩で DNA を使うことがあるのかなと思って、Google で "the same DNA" を検索してみた。すると、いちばん最初に The New York Times の 「Building Autos With the Same DNA」という記事が出てきたのでおどろいた。「DNAを継承した自転車」と似た使いかたではないか。ただ、ざっと見たところ、それ以外で DNA を比喩に使っているページはないようだった。

こういうのは、むかしは「血」といっていたのではなかったか。「○○出身の血がさわぐ」とか「同じ血を受け継ぐ」とか。しかし、「血」「血すじ」「血統」というとなんだか優生学を連想させてドロドロした印象があるので、DNA という科学的、客観的な印象のある語がよく使われるようになったのだと思う。

まあ、比喩として文化的伝統のことをいいたいのなら「DNA」でも「血」でも大して変わらないと思う。かつては「血」といっていたものを「DNA」というようになったのは、それ自体が新しい「文化的伝統」なのだろう。

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コメント
この記事へのコメント
この疑問提起、我が意を得たりです。

実質的意義が変わらないものに新しい表現を与える、これが日本的表現の伝統かもです。
2008/03/20(木) 21:38 | URL | リアルクエスト #fflwa7tw[ 編集]
なるほど。それが日本の DNA というものなのかも知れませんね。
2008/03/21(金) 06:38 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
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