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「タモリ倶楽部」という深夜番組に「空耳アワー」という名物コーナーがある。外国語で歌われているが日本語のように聞こえる歌詞を視聴者から募集して、おもしろいものを日本語字幕付きのビデオ映像で紹介するというものだ。

妻は空耳アワーの映像に日本語の字幕がついていても原語で聞こえることがあるらしい。わたしは字幕がついた映像を見るとその字幕のとおりにしか、つまりこの場合は日本語にしか聞こえない。ところが、画面を見ないで音声だけ聞いていると原語にしか聞こえない。

そう妻にいうと「あなたは文字の人だからねえ」といわれた。

たしかに、文字を読んだり書いたりする仕事がらなのか、あるいは生まれつきそうなのか、わたしには何でも文字を媒介して理解しようとする癖があると思う。人の話を聞くときも無意識のうちに頭の中に文字を思い浮かべて聞いている。だから字幕が目に入ってくるとそれを頭に思い浮かべる文字の代わりにしてしまって、実際に聞こえている音よりも文字のほうを信じてしまうということはあるのかもしれない。

別の理由も考えた。

妻は耳のよい人で英語の聴き取り能力は明らかにわたしより高い。感覚器官に入ってきた情報をありのままに把握しているのだろう。ユングという心理学者は、そういう性格を「感覚型」といった。わたしは自分をユングの性格類型でいうと「内向的直観型」だと思っている。「直観型」は「感覚型」と対極にある性格で、感覚を感覚のまま受け止めることが苦手だ。わたしが絵画や音楽、文学などの芸術一般を苦手にしているのもそれを裏付ける。

そういう性格も、わたしが空耳映像を字幕のとおりに聞いてしまう理由の 1 つかもしれない。
コメント
この記事へのコメント
こんにちは、たんご屋さん。

なかなか興味深いお話です。私はたんご屋さんと同じで、文字があった方がすっきりと頭に残ります。空耳アワーでの経験も同様です。日本語字幕を見ていたら、しっかり日本語に聞こえてしまいます。

私の友人でもたんご屋さんの奥様のように耳のいい人がいて、彼は聞こえた音をコピーするのが上手でした。イギリスへ行ったときは、バスの中で停留所の案内放送を真似してイギリス人から喝采を浴びていました。(英語が話せないにも関わらず。)また彼は初めて聞いた曲を、その場で楽器で弾けてしまうような人でした。(ちなみに楽譜は読めない人でした。)

耳がいい人は語学センスに長けているようです。昔どこかのTV番組でミッキー・カーチスが「自分は耳がいいので数週間で(確か2,3週間だったような)大抵現地の人の言葉が分かるようになる。」と言っていました。うらやましい能力です。

かたやそういう才能に全く恵まれていない私は、アメリカ滞在が既に3年半を越えたにも関わらず、英語が未だに全て聞き取れなくて困っています。友人にはTVをつけっ放しにしておくといいと言われたりするのですが、あまりTV好きではないためそれもできず、いつまで経っても私の英語は学校の授業からのインプットのみに偏っています。そろそろ打破したいのですけれど。

2008/03/27(木) 02:23 | URL | kbt #mQop/nM.[ 編集]
おひさしぶりです。
なるほど。そういえばタモリも耳がよいですね。彼のインチキ外国語は絶品です。モノマネの得意な人というのは一般に耳がよいのでしょうね。
最近 CNN をつけたままにして音声だけ聞くことがありますが、若いころより聴き取れるようになっていることに気がつきました。聴き取りの練習など何もしていないのに年とともに聴き取れるようになってきているのは、たぶん、英語を読む仕事をしているおかげで英語の語彙が増えたからだろうと思います。それと、地理とか歴史とか国際情勢のようなことの理解が若いころよりは深まっていることもあるでしょう。まあ、それは今でも大したことはありませんけれど。ただ、若いころの知識や理解で CNN や FEN を聴き取ろうとしてもなかなかできなかったのは、今になってみれば当たり前だったと思います。やはり知っていること、理解できることしか聴き取れませんからね。
2008/03/27(木) 06:51 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
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