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「おめでとうございました」という言いかたはおかしいという意見がある。わたしはおかしいとは思わない。たぶん、「た」という助詞が英語でいうところの過去時制の意味、つまり「過去に起きたこと(でいま現在とは関係ないこと)」を連想させるので、おめでたいことに「た」を使っては拙い、つまり、結婚式の忌詞のように一種の作法としてよろしくないということなのだろう。それはそれで 1 つの見識だと思う。

実際には「た」は必ずしも過去のことを意味するわけではないし、「おめでとうございました」の「た」も過去の意味ではないとわたしは思っている。

When the LED glows, press the button once.

こういう英文を「LEDが点灯したら、ボタンを 1 回押してください」と訳すことがある。この場合の「た」は、もちろん過去のことではない。

これに似た文を訳すときに、たとえば「LED が点灯した場合は」にするか「LED が点灯する場合は」にするかと悩むことがあるので、日本語の「た」とはもともとどういう意味なのだろうと以前からよく考えている。言語学を体系的に習ったことはないし、これから学習する気もあまりないので自分で考えるしかない。

まだ考えがよくまとまっていないのだが、いまのところ、日本語の「た」の基本的な意味は、(過去でも現在でも未来でも)何かの動作が完了する、または何かの状態になる、ということではないかと思っている。そう考えれば、「来た、来た」とか「怒ったぞ」とかいう文も説明できる。

過去時制の英文は必ず何かの動作や状態が完了しているわけなので対応する日本語は「た」を使って表現する。しかし、逆は必ずしも真ならずで、日本語で「た」を使っているからといって英語でいう過去時制のような「過去」のことを言っているとはかぎらない。

日本語はもともと英語とはまったく異なる「時制」の概念で運用されているのだと思う。英語でいう「時制」の概念は日本語にはないのではないか。will は「だろう」に対応するなどというが、「だろう」なんていうのは本当は推量であって未来の意味ではない。

しかし、いま生きている日本人のほとんどは学校で英文法を習っている。そのせいか、英語と同じ「時制」の考えかたが日本語にも存在すると誤解していて英文法的に日本語を考えようとするところがあるのではないかという気がしている。
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