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フジテレビで「大奥」というドラマの再放送をやっていた。本放送のときにけっこう話題になったようだが見たことがなかったので見てみると、なるほどテンポがよくておもしろいドラマだった。

その中で、徳川家茂と安達祐実演じる和宮が橋の上で話をするシーンがあって、徳川家茂が自分の父親やそれまで自分のやってきたことを思い巡らして次のようなことを言った。

男というのものはすべからく女子(おなご)を不幸にするものやもしれぬ


メモしていたわけではなくいま想い出して書いているから、実際の台詞とは少し違うかもしれない。まあしかし、このように「すべからく」が「すべて」という意味で使われていたことは間違いない。

「すべからく」を「すべて」の意味で使うのは誤用だが、ふつうの文章や芝居であれば誤用だからといってどうこういう気はない。しかし、徳川将軍が「すべからく」を「すべて」という意味で使うというのはどうだろう。「すべからく」を「すべて」の意味で使うという誤用が江戸時代にあったとは思えない。そのころ教養の基盤は漢籍だったはずだから、漢文で使われる「須く」の使いかたを間違えるひとがいるわけがない。

せっかくおもしろいドラマになっているのに、ちょっとした遺漏で興が醒めてしまった。


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追記:
徳川家茂や和宮が本当にこのドラマのようなことば遣いをしたかというとそうではなく、いまのひとにもわかりやすいことば遣いで台詞が作ってあることはわかる。しかし、そのことと、明らかにあり得ないことば遣いにするということは違う。水戸黄門に「八兵衛、ファイト」という台詞があったというが、時代劇にそのような台詞があるとやはり興醒めしてしまう。
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