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要求のきつい仕事をした。単純な翻訳作業だけではなく、そりゃチェッカーか編集者の仕事だろう、というような付加的な作業もやらされるのだ。その分だけ報酬がよければ愚痴をいう理由はないが、単純な翻訳作業と同じ相場だから愚痴をいいたくもなる。

立場の弱い、しがない下請け翻訳者としては「そういう作業も込みならもう少しいただきたいですね」とはなかなかいいにくい。翻訳会社としては、翻訳の相場でチェック作業もやらせることができればコスト削減になるわけだから、とうぜん、そうしたいだろう。しかし、それで本当によいのだろうか。

産業翻訳の仕事では、翻訳者が翻訳し、チェッカー(校閲者)が校正するのが一般的だ。「分業」ということだが、単に作業負荷を分担しているというだけではなく、そのほうが完成度が高くなるからだと思う。

心理学によれば、人間は一度に複数のことをやろうとするとどちらかの精度が極端に落ちる、ということがわかっているらしい。たとえば、特定の色の図形と特定のかたちの図形を見つけるという 2 つの課題を与えて次々と変わる複数のスライドを被験者に見せると、どちらかの課題の成績が非常に悪くなる。つまり、何かの作業を行うときは 1 つずつ主題を決めてそれだけをやるべきなのだ。

この原理は前職でマニュアルを制作していたときによく実感した。文書を校正するとき、ただ漫然と頭から読んでいてもすべての誤りを見つけることはむずかしい。ではどうするかというと、たとえば、まず、頭から最後までノンブル(ページ番号)が通っているかどうかだけを先にチェックする。次に、また頭から最後まで柱だけをチェックする。このとき、ノンブルのチェックと柱のチェックを同時にやってはいけない。もし同時にやってしまった新人がいたとしたら、どちらもまだやられていないと見なして最初からやり直させなければならない。一度に 1 つの作業だけに集中するというのはそれほど重要なことなのだ。

翻訳作業と校正作業をそれぞれの専門職が分業するという翻訳業界の慣習は理にかなっているとわたしは思う。もちろん、翻訳者としても、当て字や俗語を使わないとか指定の表記基準に準拠するといったことは必要で、そんなことまですべて校正者に丸投げしていたら自然淘汰されてしまうだろうが、本来明らかに校正者、編集者がやるべき作業を翻訳者が負担させられることは、質の高い訳文を作るという本来の目的にそぐわないと思う。
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