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テレビで観たのだが、女優の音無美紀子さんはうつ病を患っていたことがあって、それが回復するきっかけになったのは、お子さんにせがまれて目玉焼きを作ったことだそうだ。何に対しても自信を失っていて何もできないと思っていた自分がおいしそうな目玉焼きを作ることができたことで自信を取り戻すきっかけになったという。お子さんはことばを介さずとも音無さんの気分や情動をよく理解できていて、そのタイミングでそのようにせがむことが事態の好転につながるかもしれないというよい勘が働いたのだろうと思う。

その番組のナレーションは「音無さんはお子さんに目玉焼きを作ってあげることで回復のきっかけを……」というようないいかたをした。それには、どうも違和感を覚えた。どんなに立派で大切なお子さんであっても、親が子どもに料理を作るのは「作ってやる」でいいのではないかと思う。

間違いとしてよくあげつらわれる「花に水をあげる」という言いかたは、実は、わたしには違和感がない。わたしが生まれて育ったのは京都府の田舎だが、その地域の方言では日常生活で非常によく敬語を使う。そのせいではないかと自分では思っている。京都弁は、非生物に対してさえも敬語、丁寧語を使うといわれる。わたしの故郷の方言は典型的な京都弁ではないけれど、京都弁の影響を多少は受けていると思う。たとえば、マメのことを「おまめさん」という。

しかし、そうだとしたら、「お子さんに目玉焼きを作ってあげる」に違和感を覚えるのがなぜなのか、ますますよくわからない。ともかく、番組制作者やナレーターは、わたしのような違和感を覚えることはなかったようだ。
コメント
この記事へのコメント
「犬に餌をやる/あげる」だと違和感を感じやすい気がしますが、対象が人間の場合「やる」だと逆に乱暴に感じる向きがあるのかな、と思います。身内に「亡くなる」を使うかどうかと同様、グレーゾーン化しているのかもしれませんね。(私自身は、身内への丁寧語は避ける方向でいきたいと思っているんですが!)

京都の方の、無生物にたいする「○○さん」という言い方、ステキですよね♪
2009/05/03(日) 12:05 | URL | すー #-[ 編集]
なるほど。「やる」には、人間に使うにはぞんざいに過ぎる印象が出てきているということですね。まあ、テレビのナレーションはともかくとして、日常生活では、個人的な思い入れも含めて、各自、適宜、よいと思ういいかたをすればよいのでしょうね。
京都弁というのはおもしろくて、「おみこしさんが通らはる」のような無生物への敬語、「よう泣かはる子やなあ」のように子どもに対する敬語もありますね。なんだろう、うーん、1つには、何にでも命と人格があるというような、ちょっと汎心論的な世界観があるのですかね。もう1つは、京都は歴史が長すぎて、ことばの装飾的な部分が無駄に増えたのかもしれません。
2009/05/03(日) 14:59 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
言われて気が付きました。同様に少しの違和感を覚えました。もしかしたら・・・
自分の行動によって自分のなにかへ働きかけたのだから

「・・・目玉焼きを作った・・・」でいいのじゃないかと、方向違いかも知れません。
2009/05/06(水) 18:46 | URL | ペカリ #-[ 編集]
ああ、行動療法みたいに自分に作用したわけだから「作った」でよいのではないか、ということですね。なるほど。
たしかに「子どもに目玉焼きを作った」でも意味は通じますね。でも、日本語としては、相手に働きかけている動作には「やり・もらい」のことばを使いたいような気がします。
2009/05/06(水) 23:54 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
この「あげる」は、音無さんが自分の子供に対して使ったのではなく、番組のナレーション、つまり音無さん(の親子)について制作担当者が第三者として語った言葉ですよね。音無さんを「親‐子」の二者関係からとらえるというより、「自分たちの番組の出演者」という視点をより意識しているので、結果的に音無さんに対して丁寧な言葉を多用することになるのではと思います。

問題とされる「あげる」に、私はそれほど違和感を抱かない方なので、実は使い方にあまり自信がありません。仮に娘の同級生Aちゃんの親と話すとして、自分の子供については「娘に夕食を作ってやった」というでしょうが、同級生の親に対しては、私も「Aちゃんにご飯を作ってあげました?」と尋ねるように思います。相手が親しいければ、「Aちゃんにご飯を作ってやった?」「Aちゃんにご飯を作った?」と言うかもしれませんが。

それから遅くなりましたが(そしてエントリ違いになりますが)「パンデミック」については結局自分のブログに記事をアップしました。そしてお気遣いありがとうございました。たんご屋さんも新型インフルエンザにはお気をつけくださいませ。
2009/05/07(木) 22:41 | URL | 子守男 #SHLDkvn6[ 編集]
考えているうちにわたしもだんだんよくわからなくなってきたのですが、「あげる」というのは、行為者を下げて行為の対象者を相対的に持ち上げる表現、つまり謙譲語ですよね。「作ってあげる」というのは、第三者の発言であっても、音無さんを下げて子どもを持ち上げている表現だと思います。
なので、制作者側が音無さん本人に敬意を表したいのなら、「お子さんに目玉焼きを作っておやりになることで」と尊敬語を使うのがよいような気がしますが、どうでしょう。
パンデミックの記事、拝見しました。本当に、マスコミは安易にカタカナ語を使いますねえ。
2009/05/08(金) 08:39 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
 こんにちは。丁寧語に謙譲語、そして、尊敬語。学生時代に古文で習った 「さぶらふ」 とか 「まゐる」 を思い出しました。
 同じ 「作ってあげる」 でも、相手に面と向かって使うと、少々恩着せがましいような雰囲気が漂うことは ないでしょうか? 代わりに 「作ってさしあげる」 だと謙虚な感じがしますが。
 以前、N 県に住んでいた時に、相手に 「やる」 ことを 「くれる」 と表現しているのを よく耳にしました。育った地域の差なのか、私などは 時代劇を見ているような感覚に なりましたけれど…(笑)。
2009/05/08(金) 10:34 | URL | mamarimama #-[ 編集]
うーん、なるほど。mamarimama さんは、敬語のことを古い日本語だと感じていらっしゃるのですね。わたしはいまでも他人とのやり取りに敬語を使うことがほとんどなので、古い日本語という気はあまりしていません。
おっしゃるように、「差し上げる」だと明確に謙譲語になりますね。「あげる」は目上に使わないので、ふつうの謙譲語とは少し違いますね。丁寧語と書いてある辞書もあるようです。
2009/05/08(金) 14:17 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
番組のナレーションとして「お子さんに目玉焼きを作っておやりになる」と聞いたら、あまりに丁寧すぎる、という印象を私は持ってしまいます。たんご屋さんがおっしゃることなので、日本語としては正しいのでしょうが・・・。確かたんご屋さんは以前、「敬語は難しくない」と書かれていたと思いますが、恥ずかしながら私はどうも自信が持てないままです。

先週後半から公私ともにいろいろ忙しかったので、またも「遅レス」になりましてすみません。
2009/05/12(火) 23:29 | URL | 子守男 #SHLDkvn6[ 編集]
そうですね、「作っておやりになる」が、この場合にふさわしい言いかたなのかどうかはわたしもわかりません。
傲慢かもしれませんが、たしかに、敬語というのが巷間いわれるほどむずかしいとは思っていませんねえ。敬語をよく使う方言で育ったせいでしょうか。
2009/05/13(水) 08:56 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
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