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このブログにだれかを取り上げるときは、大学教授でも政治家でも医師でも弁護士でも、基本的に名前に「さん」をつけて書くようにしている(尊敬しているひとには「先生」をつけることもある)。大学教授や国会議員などという肩書きに無意識にへへーと恐れ入って気圧されないようにしたいからだ。わたしのような一般人は、学者がいうのだからあるいは政治家がいうのだから自分ごときの考えよりも正しいのだろう、と思ってしまいがちだ。しかし、他人の肩書きに萎縮したり、学術的で高尚に見えるものをありがたがったりするのは、見かけや職業などによる偏見や差別と同じ種類の卑しい心根だと思う。どちらも自分の頭で判断することを怠っている。

商業オカルト、似非科学、ダイエットブームや、全体主義、独裁制、ポピュリズムなどの政治のあり方、それらを支えるミーハー、スノッブ(俗物)、妄信、衒学趣味、知的怠惰といった個人の性質、その背後にあると思われる僻み、妬み、同調圧力、差別意識などは、どれもこれも権威主義に関係があるのではないか、だとしたら、世の中のいろいろな不幸は権威主義に由来しているのではないかという気がしていた。で、この本を読んでみた。組織で働く社会人向けに書かれた本のようだが、わたしのように興味本位で読むものにとっても十分におもしろくて勉強になるよい本だった。

最初に、正当な権威と権威主義の違い、権威主義は学問の世界ではどのように考えられているか、どうして権威主義が学問の世界で取り上げられるようになったのかについて書かれている。著者の岡本さんによれば、権威主義ということばは 社会科学では極めて重要度の高い専門用語 であり、今日の社会科学において最も中心的な概念のひとつ だそうである。

第二章では、権威主義研究の原点だというナチスによるホロコーストを取り上げて、同調や服従といった権威主義的行動がこの世のできごととは思えない悲劇を招くようすがかなり詳細に書かれている。日本の中高ではこのようなことはまったく教えていないだろう。この章だけでも、全国の中高生にぜひ読んでもらいたいと思う。

第三章と第四章は学問の世界ではどのように権威主義が研究されてきたかという話で、有名な社会心理学の実験がいくつか紹介され、人格心理学で唱えられてきた権威主義的人格の尺度として「教条主義」「ファシスト傾向」「因習主義」「反ユダヤ主義」「自民族中心主義」「右翼的権威主義」「因習的家庭観」「形式主義」が紹介されている。自分の中の権威主義的傾向を測るのにちょうどよい。わたし自身を考えると、「形式主義」の傾向がかなりある。その他の傾向はほとんどないと思う。

第四章はこの本の中でいちばんおもしろいと思った章で、権威主義的傾向と他の人格傾向との相関についても紹介されている。相関があるとされているのは、教育程度、政治的傾向、親の厳しさ、過罰性などで、教育程度が低いひとほど権威主義的傾向が強い、政治的に保守的なひとほど権威主義的傾向が強い、自分の親の過罰性を高く認識しているひとほど権威主義的傾向が強いといったことがわかっているという。これらは、わたしたちが直観的に認識していることとだいたい同じではないだろうか。

さらに、権威主義的人格の認知的傾向として「あいまいさへの低耐性」という概念が出てくる。あいまいであることに耐えられない、ものごとに実際以上の意味づけをするということだ。オカルトにはまるタイプのひと、差別意識の強いひとがやっているのはまさにこれだ。そして、あいまいさへの低耐性、権威主義、そして反応の硬さを集約した人格傾向が、この本のキーワードと思われる「認知的複雑性」ということらしい。「認知的複雑性」が低いひとは、善悪などの評価次元とほかの次元の間に相関がないことがうまく受け入れられない傾向 があるということだ。

この定義はなるほどと思う。そのようなことはぼんやりと考えていたが、このように文でうまく表現してもらうと自分の中でも明確に整理できた気がする。自分のことを棚に上げていえば、実生活のつきあいでもネット上のつきあいでも、相手にこのような「認知的複雑性」の低さを感じることは実によく体験する。このブログでも、単にことばの話をしているだけなのに、そのことばの発言者を攻撃していると受け取られたり、特定の政治的信条を主張していると受け取られたりすることがある。

第五章は権威主義が組織を如何にダメにするかという話。組織に属さないわたしにはあまり興味のもてない話だが、なるほど、官僚主義も、食品偽装などの近年話題になったさまざまな企業の醜聞も、すべて権威主義が原因だったとも考えられるのかと気付かされた。この本を読む前の「世の中のいろいろな不幸は権威主義に由来している」のではないかというわたしの直感はけっこう正しかったようだ。この部分は、企業の管理職のひとが読むと非常に参考になるのではないかと思う。

第六章と第七章はそれまでの章となぜか毛色が変わった内容になっていて、第六章は「権威主義的人物の見分け方」と題してハウツー本的な内容になっている。「宗教性の強い人」「美男美女が好きな人」など、ちょっと目を引く小見出しがつけられた項でそれぞれの人たちがなぜ権威主義的人物であることが多いかということが説明されている。そもそも権威主義的傾向はだれにでもあるし、時と場合によってそれが強く発現したりまったく発現しなかったりするものだと思うが、おおまかな傾向としてはそういうことはあるだろうなあと思う。

第七章は著者岡本さんの社会評論。もっともな意見もあるし賛成できない議論もある。「日本人は英会話ができない」というのも 現代日本の誤った教条のひとつ と岡本さんは断じている。わたしはけっこうそのとおりだと思うが、反対意見のひとも多かろう。いずれにせよ、世間巷間でよくいわれる決めつけに疑問をもつ態度が大切であることは間違いない。なんでも反対すべきだという意味ではない。疑問をもってよく考えた上でやはり世間のいうとおりだと思うのなら、その態度は権威主義ではないと思う。

ともかく、よい本を読むことができた。これからも折にふれて取り出して読むことになりそうだ。
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