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ネットは単なるツールであって、新しくておもしろいことのできる画期的なメディアではないとし、ネットでものを売ったり宣伝したりしようとする企業に対してはネット利用者の大多数はバカか暇人だからあまり期待してはいけない、一般のひとに対してはネットによって人生が変わったりはしない、と主張する本。おもしろかった。

著者の中川さんは、「死ね」「ゴミ」「クズ」と他人を罵倒しまくる人が気持ち悪い、「通報しますた」と揚げ足取りばかりする人が気持ち悪い、アイドルの他愛もないブログが「絶賛キャーキャーコメント」で埋まることが気持ち悪い、ミクシィの「今日のランチはカルボナーラ」のようなどうでもよい書き込みが気持ち悪いという。

たしかに、2ちゃんねるなどの匿名掲示板では罵倒の投稿をよく見るし、アイドルブログではなく一般人のブログでもお互いただただ褒めまくり合ったりキズを舐め合ったりするだけの馴れ合いコメントはよく見るし、ミクシィでなくブログでも「今日のランチはカルボナーラ」式の記事もよく見る。

これはこの本に書いてあることではないが、いろいろなブログを見ていておもしろいなあと思うのは、ブログを書いている人たち同士がコメントをつけ合ったりして知り合いになると、そこに「世間」が自然にできてしまうことだ。誰に頼まれたわけでもなく自分で勝手に始めたブログなのに他人の目を気にして定期的に記事を書かねばならないという義務感を持ったり、ブログでの知り合いが新しい記事を書くと何かコメントしなきゃならないという強迫観念に襲われたりすることがあるようだ。

ひとが集まると世間(仲間集団)を作って安心し、その仲間うちでは正当な批判さえも控えて軋轢をできるだけなくすことに汲々とする一方で、世間の外にいるひとに対しては極端に懐疑的、排他的になって平気で罵倒するということがあるのかもしれない。なんとも日本的だなあとは思うが。やっていないから詳しくは知らないけれど、ミクシィのような SNS での日記ならなおさらそういう傾向があるだろうなと想像する。なんにせよ、実生活の世間だけでも息苦しいのにネット上の「世間」まで気にしなければならないというのはたいへんなことだ。

中川さんはネットの住人の多くは「バカ」と「暇人」だという。頭の悪い罵詈雑言や暇つぶしの難詰はたしかに多いと思うけれど、経済活動に最大の価値を置いていつも忙しくバリバリ働いている広告業界出身の中川さんが、そうではない価値観のひとを理解しかねているという面もあるのではないかという気がした。

東京在住のひと、地方在住のひと、外地在住のひと、高学歴のひと、低学歴のひと、大企業の会社員、派遣社員、主婦、引きこもりなど、ネットのない時代はそれぞれの集団の中でしかほとんど交流をしていなかったひとたちが、現在では、集団の垣根を越えて交流できるようになった、あるいは(ネットを利用する以上)交流せざるをえなくなった。つまり、それぞれのひとが自分とまったく価値観の違うひとの言動を目にすることが多くなった。まったく価値観が違うひとの言動はもちろん理解できないので、お互いに相手のことをバカといって切り捨てているというのは実生活でもよくあることだと思う。

たとえばわたしなどは、経済活動にしか意味を見いだせないひとはある意味「バカ」だと思っている。しかし、そういうひとたちはわたしのことなどまるきりの「バカ」だと思っているだろう。まあ、具体的な付き合いがなければお互いにそう思っていればよいだけなのだが、今のネットというのはそういうひと同士が出会い、否が応でも相手の言動が目に入ってしまうような場になっているということではないだろうか。
コメント
この記事へのコメント
しばらくお訪ねしていない間にも、面白そうな記事がたくさんアップされていたので
、今、いろいろ読ませていただきました。で、ここでコメント。
私もこの本読みたいなあ、と思っていました。
タイトルがまず、思い切りがいいと言いますか、
ズバッとテーマを言いきって、ある意味小気味がいいと思いました。

たんご屋さん、ぺカリさんとの議論(?)を通じて、
私もブログというものや、また自分の性格について、
このところだいぶ考えさせられました。
ブログを始めてから何回も、ここで書かれているような疑問に
ぶちあたって、やめちゃおうかなと思ったことがあります。
まず、その、ブログの仲間というようなものが出来て、
そこではお義理の訪問や心にもないお世辞が飛び交っているという姿が
たまに見られること。
ところが実際私がそうだったように、
自分の意見に真っ向から反対されると、やはりむかっとしてしまう、その醜さ。
ぁぁ~、もう辞め時かな、と思うことも何回かありました。
人さまが、というより、自分のその心が揺れ動くのが嫌だなあ、と。
でも、結局今も続けているのは、これまた、人の優しさの故なんですよ。
ああ、あの方に黙ってやめるのは申し訳ないな、とか。

たんご屋さんに結構むきになっていいわけなどしていた自分を深く反省し、
これからは素直に皆さんの言葉を聞こうと思っています。
大変遅まきながら、ではありますが。

またいろいろ教えてくださいね。
2009/06/13(土) 03:29 | URL | 沈丁花さん #m9.eh7ss[ 編集]
この本はおもしろいですよ。新書なので安いですしすぐ読めますから、おすすめします。

ブログの記事の書きかた、コメントに対する応じかたなどを見ていますと、実生活でそのひとが他人や社会とどのように付き合っているかが透けて見えるような気がしますね。心理学徒だったからか、わたしはそういうところにおもしろさを感じています。

一例を挙げれば、心にもない褒めちぎりのコメントを書いてでも馴れ合いの関係をともかく続けようとするひとは実生活でも同じようなことをしているでしょうね。八方美人で耳あたりのよいことばかり言っていて裏で舌を出しているようなタイプです。逆に、おかしいことはおかしいという意見をくれるひとは、実生活でも、厭われることを恐れずに耳の痛い忠言をしてくれるタイプだろうと思います。人それぞれの生きかたですから善悪を判断することはできませんが、わたしは後者のようなひととお付き合いしたいですね。

ブログは、本人は仲間内での世間話、井戸端会議の場のつもりでやっていても、理論的には世界中のだれからでもアクセスされる可能性のあるものですから、もとより批判される可能性があることは覚悟して書かなければならないし、批判に対しては真摯に考えて率直に答えればよいと思っています。迎合する必要もないし感情的に反発する必要もないでしょう。

日本人は(あるいはどこの国のひとでもそうかもしれませんが)、自分の意見に反対されることと自分の人格を否定されることをごっちゃにするところがありますね。それが、この本の著者がいう「バカ」の属性の 1 つだと思います。感情と論理が未分化なんでしょう。そんなことでは裁判員制度なんて正常に機能するわけがない。それと、罵詈雑言のたぐいは「嫉妬」と「僻み」が大きな原因になっているようだと最近感じていて、「嫉妬」に関する本を読んで勉強しています。

批判的なコメントされたからといってムカッとくることはわたしはあまりありませんが、そうじゃないんだよな、こういうことをいいたいんだけどなあ、と思ってもそれをうまく説明することばや表現が見つからないことが往々にしてあって、そういうときは残念ですね。

他人の意見に批判的なことは書かずにともかく誉めることになっている空気の中で遊んでいるのは気持ちいいかもしれませんが、この著者に「暇人」といわれてもしかたありません。わざわざ自分の時間を使って、こちらの間違いを正してくれたり、思い込みや勘違いに気付かせてくれたりするひとには感謝したいと思っています。
2009/06/13(土) 05:41 | URL | たんご屋 #Qhkulfr2[ 編集]
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